2009年05月11日

世界の覚書

1960年代は、それ以降に生まれてきた我々にとって、ある意味で神格化されている。当時の学生ならば誰しもマルクスを認識しているものであり、近代社会が生み出した知のあり方、資本主義に対しての反抗が、全世界的な学生運動として盛り上がっていたという時代。
もちろんそれは、思想的な大転換を告知したことでも知られている。クロード・レヴィ=ストロースの構造主義があり、ジャック・ラカンの精神分析があり、そして何より日本では80年代初頭のニューアカデミズムブームを用意した、ドゥルーズ、ガタリ、デリダといったポスト構造主義の思想が生まれた時代でもあった。
 
16世紀、それまで離れていた多くの国家・経済圏が結合されて、資本主義という名の世界システムが成立した。近代資本主義は“すべての人間に平等な機会を与える”と言う単純明快なコンセプトに反して、ありとあらゆるところに不均衡と不平等を生んできた。全ての人間は生まれながら不平等に作られているからである。身体的能力、知的能力は明らかに不平等であり、生まれた環境がそれをより一層強めることになるだろう。にもかかわらず、近代世界システムは“誰もが同等の価値を持つ存在”として認められるような社会を目指してきたのだ。
 
資本主義社会は、放っておけば必ず経済的格差へと帰結する。国家は平等性を志向するための装置であり、そのような経済的格差を出来る限り解消するよう、様々な規制を行い、税による再配分を行うのだ。

しかし、90年代からグローバリゼーションという概念が導入されるようになった。各国の境界線がなくなり、それぞれの国家が密接にリンクしながら経済競争をしていく社会。かつての第三世界は、グローバル化により両極に分解してしまった。一方では、中国やインドのように工業化が進み、他方ではアフリカ諸国のように壊滅的状況に陥る。ひとたびグローバル化が始まると、いやおうなしにその流れに飲み込まれ、誰しもその外部にあることは出来ないのだ。
 
 
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資本主義社会こそ、歴史の最後の段階である。
ドゥルーズ&ガタリによれば、歴史のほとんどすべてはコード化と超コード化、そして新しい社会的機械として登場した近代資本主義(脱コード化)というものに括ることが出来るという。近代資本主義(脱コード化)以前の歴史は絶対的な他者、たとえば国王などといった巨大な権力が各人の前に「追いつけないもの」としてそびえたち、彼に対して無限の負債を負う(王様のおかげで僕達は生きられる)ことで社会の安定化を図ってきた。
ところが、近代資本主義は社会に自由競争を取り込むことによって「努力さえすれば王様に追いつける」という幻想が各人に生まれるため、各人の欲望は開放されてしまう。
 
この欲望の開放こそ「脱コード化」である。
 
近代資本主義を構成する要素、貨幣や商品、人間の労働力は、欲望を規制(コード化)するためのものではなく、労働力が生産した商品を、明日の労働力を再生産するために自ら購入するという円環の世界に導くもの、互いの欲望を次なる欲望のために交換する装置なのだ。各人は自分より先行する他者を「追いつき、追いこすべきもの」として設定し、無意識のうちに競争の世界へ導かれていく。
この競争世界の諸元ともいえるのが「父親と息子」の関係である。ドゥルーズ&ガタリは、人間を一定方向に走らせる社会的機械として最初の装置が「パパ=ママ=ボク」の家族であると定義する。
確かに「ボク」はまだまだ無力な存在だけど、いつかはパパに追いつけるはずだし、パパを追い越すことだって出来るんだ!(構造と力) そして、目標を追いこしてしまえば、次は自分が目標とされる番なのだ。
このように、脱コード化の近代資本主義は、最終的に各人を一定方向(円環)に走らせることで社会の安定化を図ってきたのだった。
 
 
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2009年05月16日

金融危機、あるいは初心者のためのサブプライム入門

僕が「金融」について勉強を始めたのは去年の秋頃である。リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界の景気がリアルタイムで悪化するなか、僕はひとりセコセコと「株取引」や「外国為替」について学んでいた。
 
このような投資暗黒時代に株に興味を持った理由は?
 
うーむ、気が付いたら勉強していたというだけなのだ。その頃から僕は会社設立の野望を抱いていて、経営者になるからには“財務諸表を読み解くスキル”が必要になるだろうと考え、会計関連の書籍を何冊も読み漁っていたのである。
 
投資と財務諸表。それら2つの要素は“ファンダメンタル分析”という相場予測の手法において関連付けられている。トレーダーには周知の通り、株(または外国為替証拠金取引)には、買い時と売り時を見極めるのに、テクニカル分析とファンダメンタル分析という2つの方法が用意されている。テクニカル分析とは、純粋にチャートの動きから今後の値動きを予測するもので、その中身は移動平均線やボリジャーバインドなど、さらに細かな分析によって成る。一方のファンダメンタル分析とは、財務諸表など基礎的なデータから、会社が本来持っている実力を見極めて値動きを予測するものであり、有名なウォーレン・バフェットもこの法則にしたがうものである。
 
(…そうです。僕は「財務諸表の読み方」を学んでいて、気が付いたら財務諸表から株価の推移を分析するという分野にまで手を伸ばしてしまったのでした…。)
 
僕が学んだ背景はさておき、当時のリーマン・ショックがトレーダーに与えた影響は計り知れないとされる。しかし、このリーマン・ショックとやらはどういった原因で起こったものだろうか。
サブプライムローンが問題になっていることだけは広く知られているけれど、それでは、サブプライムローンとは何なのか。それが何故「100年に一度」とまで言われる“世界的不況”を巻き起こすに至ったのか。ここはひとつ、季節外れのサブプライム問題:復習編といこうではありませんか。
 
 
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サブプライムローンは、低金利で住宅ローンが組めてしまう借金返済能力が低い人(低所得者)のために用意された住宅ローンと言われています。ようするに、クレジットカードを持てないような「信用力の低い人」にも、住宅購入のために救いの手を差し伸べるもので、この夢のようなローンが登場したことで、当時のアメリカは空前の住宅ブームとなりました。
サブプライムローンは後になればなるほど利率(返済金額)が高くなるというローン地獄が待ち受けているのですが、まんがいちローン返済が出来なくても、その頃には住宅ブームで住宅価格も上がっているはずだから、所有している住宅を売り払えば、埋め合わせは十分に可能であると思われていました。つまり、サブプライムローンは「住宅価格が上昇する」という前提があって、はじめて成立するものだったのです。
 
さて、低所得者の返済能力が高かろうが低かろうが「ローンが組まれている」という事実にかわりはないので、そこに「定期的な支払い債務」が発生するということは間違いありません。
問題とされるのは、その支払い債務を証券化(サブプライムローン証券化)しようと企んだ連中がいたことです。
簡単に言うと、A君と金融機関の間で交わした「毎月10万円の家賃支払い」という債務を金券にして、「この金券を持っているだけですごい価値がありますよ」といった具合に、第三者のB君に売りさばく商売を始めた連中がいたわけですね。ただ、こうした住宅ローン担保証券は、投資家(B君)の側からすると非常にリスクの高いものでした。確かに高金利を生んでくれて魅力的な証券に見えるのですが、低所得者A君がローン返済続行不能になれば、B君にも損失がまわってくるのです。
そこで金融機関は、この住宅ローン担保証券に別タイプのローン証券をいくつかチョイスして、ワンパックセットでの販売を開始することにしました。ようするに、サブプライムローン証券は住宅価格と連動して値動きするような“金券”ですので、この住宅価格連動型証券に、住宅価格とはまったく異なる値動きのする商品を組み合わせることで、損失のリスクを見えにくくしたわけです。
さらに、ワンパックセットの中に「毒リンゴ」が混ざっていたら(債務返済が出来ないようなローンが発生したら)、購入者のB君に代わって、保険会社がすべてを補償してくれるというサービスまであり、この保険はCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と呼ばれています。
保険(CDS)がついているのだから、購入者のB君からしてみればワンパックセットの中に毒リンゴが混ざっていても(A君が借金返済出来なくなっても)関係ありません。B君が注目したのは、A君(低所得者)の支払い能力よりもそれを補償してくれる保険会社の健全性なのでした。かくして、サブプライムローン証券は金利が高い上に保険までついている「魅力的な金融商品」として、世界中の投資家・金融機関にばら撒かれたわけです。
 
ところが、2007年あたりからアメリカの住宅ローン(サブプライムローン証券)はどうもおかしいぞ?という声が出てきました。同年7月には投資銀行のベア・スターンズ(米国第5位)の傘下にあるヘッジファンドが、サブプライム証券が原因で破綻します。続いて8月にはフランスの大手銀行BNPパリバが、ベア・スターンズと同じような状況に陥り、サブプライムローン証券(ワンパックセット)を購入した投資家から解約要求が殺到します。さらに、翌年2008年の3月には、ベア・スターンズ本社が経営破綻の危機に瀕して、JPモルガン・チェースという銀行グループに救済されます。
そして、記憶に新しい9月のリーマン・ブラザーズ(米国第4位)ですが、実はその少し前くらいから「リーマンが危ないらしい」という情報は市場に流れていたのです。にもかかわらず「ベア・スターンズが救済されたんだから、当然リーマンも救済されるだろう」という確信があったため、逃げ遅れた投資家が大勢出てしまったわけです。
 
さて、それらアメリカ国内の金融問題が、なぜ日本の企業にまでダメージを与えているのでしょうか。まず第一に、日本の大手銀行は、ゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズといったアメリカの金融機関から、とんでもない量の毒リンゴ(サブプライムローン証券)およびCDSを購入したと言われています。それらの銀行が損失を被れば、銀行から融資を受けている中小企業も「貸し渋り、貸し剥がし」などの被害を受け、厳しい経営を強いられることになります。
もちろん、そこには時価会計の問題も絡んできます。財務諸表(貸借対照表)には、投資など会社が所有する有価証券を記入する欄がありますが、従来は取得した時点の原価で記載しておけばよかったものが、時価会計制度が適用されたことで、決算時の市場価格で投資物件を記載することが義務付けられました。
つまり、某証券を100万円で購入したところ、決算時に価値が無くなって0円になっていた場合は、その損失を丸ごと計上しなくてはならなくなったのです。とくに銀行の場合は自己資本比率の規制がありますから、それら不良債権処理の問題はより一層深刻化するでしょう。
第二に、日本の景気は自動車産業(外需依存)が下支えしていたという点。アメリカでは住宅を担保にして自動車ローンを組む人が多いのですが、日本の自動車産業は円安の恩恵を受けてアメリカで自動車販売を増加させていたということが言えます。しかし、今回のように住宅価格が下落すると自動車ローンを払えなくなる消費者も増大して、日本車の輸出は伸び悩み、メーカーは製造にストップ(人員削減)をかけることになります。ようするに、アメリカの過大消費によって日本の輸出産業は本来の実力以上に競争力が高まっていたということで、己の実力を過信した輸出産業(トヨタやソニー)は必要以上に派遣社員を雇ってしまった…、それが現在「派遣切りの問題」として取り扱われているものなのです。
 
リーマン・ブラザーズが破綻した2日後に、世界最大の保険会社アメリカン・インターナショナル・グループ(通称AIG)が、政府機関から巨額の融資を承認されました。このAIGという保険会社は、CDSによって莫大な利益を上げていたので、公的資金注入(つまり税金による救済)には多くの一般市民が反対するところですね。
しかし、このAIGが破綻するのと、リーマン・ブラザーズが破綻するのとでは、経済に及ぼすダメージが違いすぎます。世界最大の保険会社が経営破綻するということは、サブプライムローン証券を補償してくれる最後の砦が崩壊するということです。しかも、リーマンは基本的に金融機関や大企業といったプロ相手にサブプライムローン証券を売っていたものですが
、AIGの場合は、金融機関向けから一般人向けまで、世界中に幅広い保険サービスを提供している企業なわけです。だからアメリカとしては、これからも断固としてAIGを救済していくしかありません。もしもAIGが破綻したら、日本の金融機関が購入したサブプライムローン証券とCDSは全損失としてバランスシートに計上されるので、多くの大手銀行が経営危機に陥るでしょう。そして、その銀行にお金を預けているのは、我々一般人だということを忘れてはいけません。
 
 
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2009年06月14日

貧困ってなんだ?

主婦向けの雑誌を開くと、日本の大多数の「母」たちが、今どのような状況に置かれているかがわかる。「食費1万円台達人のヒミツ、ぜ〜んぶ見せます!」「物価上昇でも!年収300万円でも!貯めてる人の最強家計術」などなど、節約術の記事が目白押しだ。そして、誌面に登場する彼女たちは皆、笑顔に満ちている。夫の年収を現実のものとして受け止め、明るく前向きに生きていこうとする姿が見て取れる。
しかしその笑みの裏側で、彼女たちが血の滲むような努力をしていることはいうまでもない。また、穀物相場や原油相場の急騰で、食料品をはじめとする生活コストも急上昇しているが、夫の給料は一向に上がらない。この現実を直視したとき、今はなんとか“普通”の生活を送ってはいるが、何か「予期せぬ事態」が起こったとき、いっきに坂道を転げ落ちる… そんな恐怖を肌で感じていることだろう。<貧困大国ニッポン:門倉貴史>

 
もちろんどのような国の、どのような時代にも貧困問題は常につきまとっていた。しかし、現代日本を襲っている貧困問題と過去のそれとでは当然のことながら問題の種類が全く異質である。中世ヨーロッパはもちろん、戦後日本は今よりもはるかに貧しい生活を強いられてきたが、彼らは貧しいもの同士に食料を分かち合い、あるいは食べ物が無くなれば畑を耕し、あるいは野山に食料を採集しにいくことが出来たのだから(いわゆる自給自足で)餓死者が極力出ないようなシステムがそこに存在した。
一方で現代日本においては、都市の住民は現金がなければ死んだも同然である。
いったん失業してしまうと、それこそ「坂道を転げ落ちるように」生活が苦しくなり、社会復帰への道は閉ざされてしまう。さらに一番問題なのは、我々が「貧しく不幸な境遇にある人」に対して、共感する心を持てなくなりつつあるという事態である。
 
貧しいものが貧しいものたる所以は、彼ら自身が怠慢で努力を怠ったせいであり、そのような人たちに我々が納めた税金を再分配することは、彼らを甘やかす行為に他ならないという合理精神こそが、自由競争を勝ち抜くための鉄則である。
搾取される若者たち。俺たちが貧しいのは、仕事もろくにしていない年寄りどもが、能力の無い年寄りどもが不当に「俺たちの取り分」を奪っているからであり、それは社会に徹底した実力主義を取り入れることで(年寄りたちのケツをたたくことで)解消されるだろう。90年代以降、企業にも多く取り入れられた成果主義や実力主義はそのような思想的背景のもとに推進され、多くの若年労働者がそれに拍手を贈った。
しかし、そのシステムには重大な欠陥も含まれていた。実力主義は「すべての貧しい若者」に成功を与えるシステムでは決してなく、それは「能力が高い貧しい若者」だけに限定して成功を与えるというシステムだったのだ。能力が高いにもかかわらず、取り分の少なかった若者は、実力主義の波にうまく乗り、その一部は大きな成功をおさめることが出来たが、一方で「能力が低く貧しい若者」は自由競争の犠牲となり、より一層の貧しさを強いられることになってしまったのだ。
日本人には「お金儲けは汚いことだ」という根強い意識がある。そんなことは間違いで「お金儲けは良いこと」だし、これからは日本人も金融教育を徹底すべきなのだと、多くのエコノミストが主張する。しかし、やはりその思想は「すべての人間」を幸福にするようなものではなく、能力の高い一部の人間のみを幸福し、能力の低い人間は、今より一層の貧しさを強いられるというスパイラルから逃れられない。
 
「人間存在を動かすのは限りない欲望の追求であり、それらを支配しているのは金銭だ。」 このように、損得勘定のみで他人と付き合う、極めて自分本位な人間に対して「世の中にはお金で買えないものがあるのだよ」と説得することは不可能だろう。
いや、むしろ人間は誰しも自分本位なものである。しかし、我々が自分本位だからといって「皆さん、本来人間は自分本位な生き物なのだから、それを隠さず皆さんも自分本位になりましょう」などと訴えることは、あまりにも下品だ。彼らを支配しているのは「お金は誰だって欲しいものだ。むしろそれを隠してこっそり金儲けすることのほうが、よほど卑しい行為ではないか」という、偽善を嫌悪するあまり露悪に走ってしまう幼稚なのだ。
 
(本書の)取材の過程では自動車メーカーの派遣社員の間から、自分たちと同じ境遇で働いていた加藤容疑者(秋葉原通り魔事件)の名前が挙がることが多かった。
「自分は加藤容疑者と同じ派遣社員でした。いきなり解雇になって、あいつの気持ちもわかるような気がしましたね。工場内では、最後に盗みが横行したり、気の弱そうな正社員をカツアゲしたり、ロッカーを蹴りつけたり、かなり荒れてましたよ」(23歳・自動車工場の元派遣社員)
「実際、事件前に、加藤みたいな奴が出てこないかなって、話題に出ることもありました。みんなストレスが溜まっているんです。 …誰でもいいからやったという加藤の気持ちも、わかるような気がします」(26歳・自動車メーカーの元派遣社員)
…しかし、彼らは血の通った生身の人間なのだ。雇用崩壊は、生活だけではなく、人の心をも崩壊させている。<リストラされた100人貧困の証言:門倉貴史>

 
彼ら貧困の証言を読んでいると、貧困は無数の小さな犯罪を超えて、最終的には「戦争」を望むようになるのではないか?という結論に行き着いてしまう。金持ちに暴力を振るうために、あるいは既成秩序を破壊するために最も合理的な手段が「戦争」なのだ。
 
 
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2009年07月18日

環境問題について

周知の通り、アメリカにとってのイラク戦争は石油資源強奪のための戦争であった。
日本にとっても、EU諸国にとっても、もちろんアメリカ合衆国にとっても、石油は需要の高いエネルギー資源だが、その中にあって何より石油資源を必要としたのは、やはりアメリカという国であった。
日本は島国だから、石油資源の確保をほとんど輸入に頼るしかなかったけれど、そのような地政学的状況にあったからこそ、オイルショック以降の日本は、石油資源の浪費を抑制して省エネ型の経済社会へと転換していけた。しかし一方で、アメリカは依然として膨大な石油エネルギーの浪費型経済に停滞しており、だからこそ彼らはクウェートの石油を必要としたのだし、そのような意味で昨今流行の「エコ」や「クリーンエネルギー」といった環境運動に最も反対していたのが、実はアメリカだったということが出来るだろう。
 
そう、アメリカは地球環境保護運動に最も反対的な立場をとっていた国である。温室効果問題を例に挙げると、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出により、海面が上昇したときに被害を受ける多くの国はベトナムやバングラデシュなど南側であり、アメリカのような北側はほとんど被害を受けない。あるいは受けたとしても合衆国南部の(一部の)州を放棄すればよいだけの話だと、彼らは開き直っていた。そのアメリカがここに来て、驚くべき変わり身の早さで「グリーン・ニューディール」などと言うのは何故だろう。
もちろん、アメリカが動く理由はいつも決まって「お金のため」だ。
 
アメリカ合衆国大統領にバラク・オバマが就任すると、彼はイラクからの撤退を宣言して「New Energy for America」というビジョンを掲げ、石油浪費型の経済に見切りをつけようとした。そして、クリーンエネルギーの思想は、オバマ大統領の詩的なスピーチによってその魅力が世界中に伝わった。このような状況下にあって、日本企業がエコビジネスに飛びつくことは当然の流れとも言える。「環境」と名のつくものであれば政府はたんまりと助成金をだしてくれるし、「未来の地球のために」というテーマは、実に心地よい響きとなって、我々の心を掴むものだ。ただし「環境にやさしい」ということに厳密的な定義は無いし、あるいはその言葉が、企業のキャッチフレーズになって独り歩きしているだけなのかもしれない。だから、この加熱する環境問題については、少し立ち止まって考えてみることも必要だ。
 
環境保護運動をはじめると、そこには偽善と露悪の戦いが生まれる。まず一方では「未来の地球のために」という美名に乗っかって、環境ビジネスを始める連中がいる。けれども、それは本心から地球のためなどではなく「連中自身の金儲け」のためという欲望が渦巻いている。
また一方では、それら偽善者の環境運動を痛烈に批判する連中がいる。しかし、批判する側の連中ときたら生産的なことはまるでなさないし「どうせ何をしても無駄だから」とか「放っておいても地球の気温というのは変動する」などと居直るだけだ。こういった二項対立のみで物事を考えるのではなく、そうではない世界で適度に地球環境へ貢献していくことがスマートなやり方ではないだろうか。
 
地球環境問題が人間社会にとって大きな課題であることに間違いない。かつての経済社会システムは、地球環境のそれと比べれば極めて小規模な問題に過ぎなかったのに対し、20世紀以降においては、地球環境のそれと比べて経済社会システムがあまりにも大きくなりすぎた。そして、このような問題が露呈してくるなかで、何らかの対策を講じようとする集団と何もしたがらない集団と言うのが現れる。ひと括りに言ってしまえば、それが「偽善と露悪」の戦いであった。90年代アメリカは少なくとも露悪的な立場にあったのが(昨今の金融危機の影響も受けて)お金のためのエコロジーという偽善的な立場をとるに至ったのである。
 
「気温が低下している地域もあり、温暖化は起きていない」などと、地球温暖化に懐疑的な連中はどこにでもいる。しかし、エコロジーというのは結局のところ未来の問題なのだ。確かに、これこれこういう経緯で地球は温暖化しているんだという、はっきりとした仮説と立証は出来ていない。にもかかわらず、取り返しのつかないことになって後悔しないように、怪しいものはとりあえず自制しておこう…というスタイルが、不確実性に対する最も効果的な処方箋なのかもしれない。

 
posted by もときち at 12:24 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年07月22日

トレーダーの条件

かつて、FX(外国為替証拠金取引)が高い注目を集めていた時期がありました。具体的にいうと、2005年からサブプライム問題が浮上する2007年あたりまでの、いわゆる円安トレンドだった円相場の時期です。この時期は「米ドル/円」でさえあれば、どんな素人でも利益が出る状況で、カリスマトレーダーとか何億円も稼ぐ主婦とか、そのような投資家ではない一般人までもがもてはやされ、FXは金融市場の一世を風靡しました。しかし、同時にそれは不幸な時代の始まりでもありました。彼らはたまたまFXで勝ち続けた結果、それを己の実力であると錯覚して、2008年には多くの損失を被ることになったからです。
 
先日、僕の知人が「自分にFXを教えてほしい」と依頼してきました。なぜこんな時期に…とも思ったのですが、どうやら彼はFXを 「楽して儲かる」 ものと勘違いしていたようなのです。なるほど、FXには数多くの幻想がつきまとっています。少ない元手で簡単に大金が手に入る、株などを知らない素人でも出来る、何より仕事を辞めて自由な時間が手に入る…。まあ、まったくの的外れではないのですが、FXでそれなりに高いパフォーマンスを確保して、ましてや生活していけるだけの安定的な収入を得ていくには、市販の「FX入門書」を読んで、なんとなく始める程度では、まず不可能といってよいでしょう。
 
それでは、なぜ当時(2005〜)は、ずぶの素人がああも簡単に勝ち続けることが出来たのでしょうか。そもそも、FXは元手の資金をそれほど必要としません。FXには「レバレッジ」といい、元手10万円を証拠金として預けることで、その100倍=1000万円規模の取引が可能なルールがあるわけです。そして、そこに「スワップポイント」が加わります。
スワップポイントとは、取引を行った際の2通貨の金利差のことで、たとえば金利0%の通貨と金利10%の通貨で取引を行った場合、その差10%分もの差額分だけ自らの収入となり、毎日スワップポイント分の受け取りが発生します。
しかし、これらは2国の通貨に金利差があって初めて実現するものです。2008年9月のリーマンショック以降、アメリカを始め各国がこぞって自国の政策金利を下げてきたことは我々の記憶に新しいでしょう。日本円の金利0%、米ドルの金利0%…このような状況下では、スワップによる恩恵は望むべくもない。2008年末は、多くのFXトレーダーが悲鳴をあげました。(僕の従兄弟から聞いた話ですが、彼の友人もFXで一夜にして500万円の損失を被ったといいます)
 
ともあれ、FX専業のトレーダーとして生活していくことは非常に難しい。だって、本当に誰でも簡単に大金が手に入るのなら、金融のプロといわれている証券会社の社員たちが、片っ端から会社を辞めて独立しているはずでしょう。にもかかわらず、証券会社で年収1000万とか稼いでいる人たちが辞職しないのには理由があります。つまり、FXは金融のプロだからといって必ずしも勝てる類の商品ではないということ。
まあ、証券会社の兄ちゃん達は、いまだにデリバティブを開発して高利回りの危険極まりない金融商品を「必ず儲かりますよ」といった甘い言葉で、そこらへんの素人資産家に売っています。誰もそれを詐欺とは咎めません。銀行にしろ証券会社にしろ、金融機関というのは「お客様の利益になる金融商品」を売るような輩では決してなく、「我が社の利益になる金融商品」をお客様に売りつける、正統派セールス軍団なわけですね。話がそれましたが、FXは金融の知識があるとか、高学歴だからとか、その程度のバックグラウンドだけで儲かるようなものではありません。
 
ある経済学者が自著のなかで「男にとって妻子とは不良債権である」という、けしからん記述をしていましたが、トレードで勝っていくためには、そのくらいの“リアリズム”が、あるいは必要なのかもしれませんね。
妻子、マイホーム、あるいは経営している会社と、そこで雇っている従業員たちの人生。たった1人でそこまで多くのものを背負っている人生は相当なプレッシャーでしょう。一方で「失うものがない」というポジションにいるだけで、トレーダーはメンタルにおいても圧倒的に有利です。
 
 
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2009年10月05日

税金の基本

テレビのニュースで連日のように議論されている増税の問題。もちろん、増税に賛成の国民なんてあまりいないだろう。とはいえ、政府も国として国民に必要不可欠のサービスを提供するために、ある程度のお金が必要なのは仕方ないことであるし、我々もただ一方的に減税ばかりを求めることもできない。
 
政権交代前、鳩山代表は消費税の引き上げについて「4年間は上げない」という明言のもと、マニフェストを掲げてきた。しかし、一方で日本の財政赤字は危機的状況に陥っている。
民主党が公約通りに増税をしないということであれば、政府はそれを「国債」で、いわば国が国民に借金する形で埋め合わせるしかないのだが、裏付けのない借金を果たして国民が認めるかどうか。最悪の場合は国債の価値が暴落するかもしれない。そして、国債が暴落したらどうなるかというと、まず日本のメガバンクと郵貯が次々に潰れていくという事態が起こる。そんなことが起きたら日本国内だけの問題にとどまらず、一気に国際問題に発展してしまうので、どうしても政府は(見栄を張ってでも)国債暴落を阻止しなければならない。だから、最終的に政府はこの財政危機にどう対処するかというと、やっぱり「増税」しかないというわけだ。
 
いま、日本の消費税は5%である。ようするに100円の商品を購入すると5%の消費税が加算されて105円になるということ。これが消費税20%になると100円の商品が120円になり、こうなると誰も物を買わなくなってしまう。消費税の引き上げは、間違いなく国民の購買意欲を減退させ、生活水準を下げることになるだろうから、みんな、それにビビッて身動きがとれずにいるのだ。
景気というのは「お金の流れ」である。不景気になると、みんな自分の将来が不安になって財布のひもが固くなり、誰もお金を使わなくなってしまう。みんながお金を使わなくなるということは『あなたの働いている企業の商品が売れない』と同義である。(あなたの働いている)会社が作った商品が売れなくなると、(あなたの)会社は倒産してしまうだろう。そして、失業したあなたはお金を使わなくなり(使えなくなり)、あなたのような失業者が増えると、世の中のお金の流れはさらに悪くなっていってしまう。
このように、景気というのは『自分+企業+購買者』全てが繋がっていて互いに循環している。ようするに、みんなが“潤う”には、もっともっとみんなが「お金を使えばいい」のだけれど、なかなかそうはいかない。将来が不安だから、みんな財産を貯蓄にまわしてしまうわけだ。なかなか難しい問題である。
 
現在、日本では所得税・法人税、そして消費税が大きな財源になっていて、政府にとってはこれら3税収がほとんど全てと言っても過言ではない。ところで、政府がどうしても多額の税金を徴収しなければならなくなったとした場合、いったいこの3税収のうち、何を増税すればよいのだろう。
もしもあなたが定年退職後の高齢者か、あるいは職に就いていない若者ニートであったなら、迷わず『法人税』とするだろう。法人税というのは会社の利益に対して徴収される税金だから、法人税が引き上げられたところで、働いていない連中にとっては痛くも痒くもない。では、あなたがサラリーマンであった場合は…?実を言うと、会社経営者を含めたサラリーマンは『所得税』と『法人税』を出来る限り低くして、逆に『消費税』を20%くらいにしてもらったほうが断然お得なのだ。消費税の引き上げはフェアである。なぜなら、消費税は唯一国民全体から平等に徴収できる税金だからだ。
 
もちろん、消費税だって増税しないにこしたことはない。しかし、これが「法人税」の引き上げになったらどうなるか。『日本の法人税は高すぎる』というのが、会社側の共通認識である。事業税率と住民税率を含めた実効税率は40%。その他諸外国は20%程度がいいところだというのに、これでは競争もクソもないだろう。だから、日本で会社をやっていたら損じゃないかということになり、国内の優秀な企業はどんどん海外へ流出してしまうし、現にいまも流出している。ようするに、これからは海外で活躍の出来る優秀な人材のみが生存し、英語も話せない日本人はより一層の貧困を強いられるわけだ。仮に法人税を20%にまで引き下げることが出来れば、企業にも非正規雇用労働者を正社員にする余裕が生まれ、結果として、全ての労働者の賃金も増え税収も増えていく。
以上が増税に関するオーソドックスな認識である。現在のようにグローバリゼーションが進行した世界では、税収を増やそうとして『儲かっている企業から奪おう』とすると、莫大な利益をあげる企業は日本から逃げていき、結果としては税収も下がってしまうのだ。
 
 
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2009年10月30日

グローバル化の条件

商品流通が資本の出発点である。商品生産と発達した商品流通である商業とが、資本の成立する歴史的前提をなす。世界商業と世界市場が、16世紀に近代的生活史をひらく。<資本論:マルクス、エンゲルス編>

 
グローバル化は現在に始まったことではなく、おそらく16世紀にヨーロッパとアメリカ、アジアを繋ぐ「大航海時代」に成立したものでしょう。しかし、現代のグローバル経済においては、もはやヨーロッパという地域で生産したものをアジアという別の地域で売るというのではなく、積極的に価値体系の差異を作りだしていかなければ、国際的競争には勝てなくなってしまうという構図があります。
 
たとえば、アメリカのIT先進企業は、その業務の大半をインドに委託しています。アメリカとインドでは時差がありますから、アメリカ側で退社時に依頼したデータ作成などの業務は、日中インド受託側で片付けられ、翌日アメリカ側が出社する頃には完成しています。
問題はそれだけでなく、労働賃金によるところも大きいでしょう。いつの時代も、企業はより安価な労働力を欲しています。同じ単純作業であれば、高い報酬を要求する国内の人間より、低賃金労働を厭わない外国人労働者のほうが雇う側である企業にとっても都合がいい。それが、アメリカにとってのインドでした。“価値体系の差異”は、このように意図的に作られていきます。
 
アメリカ、インド、もちろん日本も。各国の境目(国境)がなくなり、それぞれの国が密接にリンクしながら、同じ土俵で競争をしていかなくてはならない、それがグローバル化社会です。
グローバル化は日本にとっても必至で、遅かれ早かれ、日本企業はより安価な人件費を求めて海外へ流出していくし(ユニクロのように)現に流出しています。さらにこれから10年後においては、地方のどのような中小企業でさえ、海外との取引なしには生き残っていけないと言われています。地方の観光地においては、今や外国人観光客なしにはやっていけないような状況ですらあり、観光業務に携わる日本人には、それ相応の語学力が求められているのです。
グローバリゼーション。日本と諸外国の国境が消滅していくということは、我々日本人は英語を公用語として操っている諸外国人と競争しなくてはならないというです。先ほど例に挙げたインド人はもちろん、欧米からあらゆる業務委託の注文を受けている諸外国の人達は、例外なく英語のコミュニケーションができ、そのうえ人件費が安い。さて、英語が出来ないうえに、最低賃金をもっともっと上げろと喚いてばかりいる日本人と比べ、企業にとってどちらが“都合のよい”人材でしょうか。
 
ヨーロッパでも、香港でも、シンガポールでも、もちろんインドでも、英語は日常的に流通しています。というか、そもそも英語が出来ない人はそれらの国では就職できません。「これからの50年は中国の時代だ、だから英語よりも中国語が重要だ。だから中国語の勉強を先にするべきだ。」というのは大きな間違いで、世界共通語はこれからも「英語」であり続けるのであって、やはり個人にとってが「英語」が出来ることがグローバル化対応の最低条件と言えます。
IT・インターネットの普及により、電話線が一本あり、英語さえ出来れば、たとえ個人であっても世界を相手にビジネスが出来るようになりました。これから、日本人は否応なしに外国人との競争を強いられるようになるでしょう。英語が話せないというだけで、私たち日本人は始めから大きなハンディを背負っているのです。
 
 
posted by もときち at 09:17 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年12月18日

アダルト経済盛衰記

インターネットの普及により経済のグローバリゼーションが行われていく。そして、グローバリゼーションはアダルト業界においても例外ではなく、現在においては国境を越えたセックスの取引がますます容易になりつつある。アダルト市場は他の市場と違って、性欲という人間の根源的欲求に基づくものであり、景気の良し悪しに関わらず常に一定の需要があると言われている。けれども、リーマンショック以降の世界的な不況は、どうやら先進諸国のアダルト市場にも大きな打撃を与えているようなのだ。
たとえば、米成人向け男性誌『ハスラー』を創刊したラリー・フリントと、『Girls Gone Wild』 というアダルトDVDシリーズのクリエイターであるジョー・フランシスは、低迷するアメリカの経済が、われらアダルト業界に水を差したとして政府に50億ドルの財政支援を求めたりした。政府がGM・クライスラーなど自動車のビッグスリーに財政支援を行うのに対し、「自動車などなくても国民はやっていけるが、セックスなしではやっていけない。議会が米国の性的欲求を回復させるべき時だ。」と、彼らは訴えている。まあ、確かにおっしゃる通りなんだけど。
 
以前から「性」は、ひとつのマーケットを形成してきた。
たとえば、途上国の女性は就業機会に恵まれず、生活していくだけに十分な収入を得ることが出来ない。そこで、彼女達は唯一の商品である「自分の体」を売ってお金を稼ぐという市場に参入することになる。彼女達は、売春によって得た収入で家族や子供を養っていくのである。
そして、この現象はもはや途上国だけの問題だけではない。昼は会社でパソコン仕事の事務員をやりながら、夜はキャバクラでホステス、あるいはデリヘルで風俗嬢として働いている…、そんな既婚女性が日本でも増えているからだ。若くして離婚したシングルマザーなら尚更のこと。彼女達は良心の呵責に苦しみながらも、子供の養育費を稼ぐために、仕方なく風俗産業に参入していくのである。もちろん、こうした経済的理由を持つ女性がマーケットに新規参入してくると、以前からキャバ嬢・風俗嬢として働いている女性にしたら競争相手が増えてたまったもんじゃない。
 
風俗店も極めて厳しい状態にある。都内のあるデリヘル経営者は、「週末でもまったく電話が鳴らない。本当に静かだ。昨年もひどかったが、今年はもっと悪い。」と嘆く。廃業する業者や女性従業員も多いと聞く。また、デリヘルやソープに職がない女性が殺到しているらしく、あるデリヘル経営者が言うには、「広告を出さなくても女の子が問い合わせてくれるので楽だが、本当に何にもできない、フェラチオの経験もない子までいるので、ちょっと困る。」とのこと。<不況に見るフーゾクの価格暴落今昔:メンズサイゾーより>

 
さらに、グローバリゼーションの波がこの業界にも襲いかかる。日本のアダルト市場に外国人風俗業者が参入してくるわけだ。そして、我が国はデフレ不況の真っ只中である。銀座の高級クラブに高いお金を払うより「出来るだけ値段の安い外国人女性のお店に通った方がお得だ。」という男性が増えてくるのは当然の流れなのだ。
キャバクラ・風俗の業界にも波及するグローバリゼーション。そう遠くない未来、もしかしたら日本人女性が中国へ出稼ぎ売春に行くような時代が到来してしまうかもしれない。
 
 
posted by もときち at 14:21 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年12月27日

電気自動車の未来

オバマ大統領の掲げた「グリーン・ニューディール」というビジョンの最大の目玉は『スマートグリッド』だと言われている。スマートグリッド(次世代送電網)とは、ITと超電導送電技術を利用した効率の良い(スマートな)送電網のことで、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できるという革新的な仕組みである。よく言われているように、次世代エネルギーで主役となるのは「電気」であり、とくに効率性と環境負荷の少なさ、実現性などを考えると原子力発電は圧倒的に優位とされている。よって、スマートグリッドで送電する電力の比重を原子力発電に移行していくことも当然の流れで、いま、原子力発電という分野は世界中の投資家からも大きな注目を集めているのだ。
ところで、スマートグリッド化を進めることによるメリットのなかで「エコカーのインフラ整備」というものを挙げられるが、これには、既存の自動車業界のビジネスモデルを破壊しかねない強力なインパクトがある。
 
ガソリン自動車が世界の主流になったのは、20世紀、アメリカにおいてタダ同然の安価な原油が大量に調達できたからという経済的背景があった。だがオイルショック以降、各国は石油資源の浪費を抑制して省エネ型の経済社会へと転換していく必要に迫られる。しかし、アメリカは依然として膨大な石油エネルギーの浪費型経済に停滞しており、だからこそ彼らはクウェートの石油を必要としたのである。
―そして今、この流れが断ち切られようとしている。電気自動車だ。今の主流はプリウスなどに代表されるハイブリッドカーだが、結局のところ、それはガソリン自動車から電気自動車への「中継」でしかない。
あるいは、そこには次世代カーの本命と言われていた「水素カー」の存在があった。しかし、これらの展望はGMやクライスラーの破綻によって崩れ去り、世界の自動車トレンドは、これから電気自動車へとシフトするのである。
 
電気自動車にはガソリン自動車にはない優れた性質がある。ある意味で、それは「電池」と「モーター」と「制御システム」の3点があれば稼働してしまう家電製品みたいなものなのだ。テレビや冷蔵庫のように誰が組み立てても、目立った性能の差は出てこなくなり、日本の自動車メーカーの得意とした「すり合わせ技術」の価値がなくなってしまう。車体が軽くなるうえに故障も少なくなる。なにより、開発に莫大な費用と時間がかかった「エンジン」も不要になってしまう。ガソリン自動車においては、エンジンとその制御装置の技術は「ブラックボックス」であり、メーカー以外はその内部を知ることが出来ない…、 ―それがメーカーの「強み」であったはずなのに、電気自動車の時代においてはもう「強み」でなくなってしまう。これはトヨタなどの既存メーカーにしたら一大事である。
 
そんなわけで、今のところトヨタの未来は暗い。リーマンショック以降、トヨタの業績が悪化したのは利益の大半を稼いでいたアメリカ市場が低迷したことにある。そして、ここにきて自動車ビジネスそのものの歴史的大転換という大きな試練にさらされているのである。
世の中に電気自動車というものが存在せず、ガソリン自動車だけであったなら、中国などの国々がトヨタ・日産などの日本車メーカーに追いつくことは永遠に不可能だったかもしれない。しかし、不幸にも(?)これからの主流は電気自動車なのだ。トヨタが誇るハイブリッドカー「プリウス」も、結局のところはガソリン自動車であり、電気自動車にはなりえない。電気自動車の心臓部とも言える「電池」について、トヨタがどこまで喰らいついていけるかがカギである。残念ながら「電池」の技術についてはトヨタも日産もお手上げなのだけれど。
なにはともあれ、未来の電気自動車は、パソコンのように安く大量生産することが可能になるので、日本車メーカーの優位性は低下していかざるを得ないようだ。日本車メーカーが、いまの規模を維持しながら事業をシフトさせていくにはどうすればいいのか。かつてない難題となった。
 
 
posted by もときち at 21:48 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年08月29日

中国人の世界乗っ取り計画


中国人の世界乗っ取り計画 [単行本] / 河添恵子 (著); 産経新聞出版 (刊)
先日、軽井沢の銀座通りに行ったときは本当に驚いた。耳を澄ましてみると辺りから聞こえてくる会話はすべて中国語。僕の見たところ日本人観光客はほとんどいない。軽井沢は中国人観光客の手によって占拠された!?
軽井沢みたいなマニアック(?)な観光地でさえこうなのだ。京都や富士山、あるいは札幌といった日本の主要観光地は、もはや中国人観光客なしには生き残っていけない状況なのかもしれない。
「小資=シヤオズ」と呼ばれる彼ら中国人観光客は、高学歴である程度の贅沢な生活を楽しめ、そこそこの収入を得ている、いわば中国の中流富裕層であり、その数は3億人以上とも言われている。

中国はまだまだ育ち盛りの国だ。13億人という人口を抱え、その中に存在する数億人規模の小資。そんな彼らのお気に入り旅行先は、なんといっても空気が綺麗な隣国「日本」である。 中国人観光客に人気の観光スポットは温泉であり、ディズニーランドであり、あるいは東京−富士山−京都をめぐるコースは「ゴールデンルート」などと呼ばれており、絶大な支持(?)を受けているらしい。
ところで、日中には洗脳的ともいえる黒歴史が存在するが、彼ら富裕層にはテレビなどで報道されている、いわゆる「反日感情」というものはほとんどないらしい。一握りの超富裕層にいたっては皆無と言って差し支えない。いや、たとえ彼ら富裕層に反日感情があったとしても、日中の歴史的な問題と日本製品やエンターテインメントなどを楽しむ行為とは、ほとんど別次元の問題ととらえているのだ。
それはそれ、これはこれ。プライベートの問題はビジネスに持ち込まない。ビジネスの問題はプライベートに持ち込まない。さすが中国株式会社の“やり手の営業マン”である。


移民立国のカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは「お金の力で永住権を取得。その後に市民権を得て外国人になる」中国人が激増している。これは中国の有史以来、初めての現象といえる。北京のセレブ系中国人の一人は、こう語っている。
「北京は空気が悪いし、環境良好な国で暮らそうと考えるのは当然。それから中国では病気になったら大変。医者もコネとお金が無いとまともに診てくれないし、そもそもベッド数が大幅に不足している。その点、医療も福祉も充実した先進国は魅力的。」
これまで納税すらしたこともない外国、歴史も知らず文化も異なる新天地に、中国人は良質かつ良好な「教育・仕事・医療・環境」を求め、また、財産のリスクヘッジや投資先(稼ぎ場)として永住権を取得したがっている。<中国人の世界乗っ取り計画:河添恵子>


そんなわけで、中国株式会社の社員は圧倒的なスピードでグローバル営業(種蒔き)を進めている。
数十年前までは、その人口のほとんどがお隣の中国大陸に収納されていたにも関わらず、いまや中国人は世界中のありとあらゆる国に出稼ぎをして、あるいはどっしりと根をおろしているのだ。
とくにひどいのはカナダ。バンクーバーは「ホンクーバー」などとも形容され、あるいはリッチモンド市にいたっては人口の約半分かそれ以上が中国系だという。子供が外国で永住権を取得してしまえば、中国から両親を呼びよせるのは容易になる。なんとも抜け目が無い!
 
 
posted by もときち at 17:25 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月16日

為替の基本

最近はニュースでやたら「円高、円高」と騒がれていますね。 「このまま円高の状況が続いていったら日本経済は潰れてしまう。」とか。
そもそも、円高や円安になるといったいどういうことが起こるのでしょうか。 僕達の生活にはどういった影響が与えられてくるのでしょうか。今回は外国為替の基本中の基本を、子供にもわかるような内容で書いていきたいと思います。

日本では「円」という通貨が使われていること、アメリカでは「ドル」という通貨が使われていること、あるいはヨーロッパでは「ユーロ」が、イギリスでは「ポンド」という通貨が使われていることはご存知だと思います。日本で買い物をするときは「円」を使いますが、海外旅行などでアメリカに行った時に「円」で物を買おうとしても断られてしまいます。そのために、僕達は円をドルに両替するわけです。
このように、円をたくさんドルに両替する人がいるということは「円よりもドルの方が欲しい」という意思の表れですよね。つまり、円の価値が下がりドルの価値が高くなる…、簡単に言うとこれが「円安ドル高」です。
一方で、アメリカ人が日本へ旅行したいとき、ドルを円に両替すれば逆のことが起こります。「ドルよりも円の方が欲しい」という意思の表れは、ドルの価値が下がり円の価値が高くなるということ、つまり「円高ドル安」になるわけです。
円安とは、円という通貨が世の中に不要なくらいジャブジャブ溢れている状態。円高というのは、円という通貨が世の中にあまり出回っておらず、みんな喉から手が出るほど欲しい状態なんですね。

僕達が日本円をドルに両替するときは、銀行へ行ったり、あるいは空港の両替所へ行ったりして、「この日本円をドルに両替してください。」と頼みます。しかし、この時1ドルもらうのに何円必要なのかは、その時になってみないとわかりません。今日は1ドルもらうのに80円必要だけど、明日は1ドルもらうのに100円もかかってしまう。 1ドルもらうのに日本円でいくら必要なのか…、というレートは毎日変化しているのです。
ここで質問。今日は1ドルもらうのに100円必要、明日は1ドルもらうのに80円必要と言われたとき、あなたは今日いますぐに日本円をドルに両替しますか? …しませんよね。 明日まで我慢すれば20円得した気分。たった20円の差益ですが、これが1ドルではなく100ドル両替するとしたらどうでしょう。今日は100ドルもらうのに10000円必要ですが、明日まで我慢すれば8000円で済んでしまうわけです。
繰り返しますが、前者のように円を沢山払わないとドルがもらえない状態…、円の価値が低い状態を円安と呼び、後者のように少ない円でたくさんのドルがもらえる状態…、円の価値が高い状態を円高と呼びます。

ともすれば、僕達個人が海外旅行をする時、あるいは海外製品を購入するときは、少ない円でたくさんのドルと交換できる円高状態の方がお得のような気がします。しかし、日本人にとって、円高って良いことばかりではないのです。
たとえば、日本を代表する自動車メーカーのトヨタ。トヨタは世界の市場へ、たくさんの自動車を輸出販売しています。アメリカのドラマを見ていても、よく「プリウス」とか「レクサス」を目にしますね。トヨタやソニーなどの企業が、なぜあそこまで大きくなれたかというと、アメリカなどの外国人がたくさん製品を購入してくれたからなんですね。日本人口なんて1億人規模ですからたかが知れています。トヨタやソニーは、日本国内にとどまらず、アメリカという巨大な市場を求めていわたけです。
さて、トヨタがアメリカへ1000万円で自動車を売るとしましょう。本日の為替レートは1ドル100円。つまり、アメリカ人は10万ドルでトヨタ車を購入できるわけです。ところが、明日の為替レートは1ドル80円、昨日よりも20円の円高…。アメリカ人が1000万円のトヨタ車を購入するのには、12万ドル以上かかってしまうことになります。ようするに、円高になると、アメリカ人は日本の製品が高くて買えないような状況になってしまうわけですね。
普段何気なく聞いている経済のニュース。「今日は1ドル80円、昨日は1ドル81円。」というたった1円の差であっても、トヨタやソニーなどの輸出企業にとっては、経営上の大問題になったりするのです。
もちろん、円高によってダメージを受けるのは輸出企業だけではありません。国内産業だって海外からの輸入商品と競合しているわけです。たとえば円高によって海外からの輸入作物が大幅に安くなれば、当然国内の農家は苦しむことになってしまいます。

僕が子供の頃は、もっと(日本銀行が)お札をたくさん刷って、みんなに配ればみんなお金持ちで幸せになれるじゃないか! …なんて思ったものですが、たくさんお札を刷って、日本人全員が年収1億円になれば、今の10倍裕福な生活が出来るかといったら、そうではありません。今の10倍の量のお札を刷ったとしても、世の中の商品や娯楽も同時に10倍の量になるわけではないですよね。食品はもちろん、家電製品や生活雑貨にしたって、そんな爆発的に生産量が増えるわけではありません。つまり、お札をたくさん刷るということは、商品の数はたいして増えてないのに、お金の量だけがどんどん増えていくという状態なわけです。だから、お金の価値が下がっていき、それに合わせて商品の値段はどんどん上がっていきます。みんなが年収1億円になっても、吉野家の牛丼だって1杯3000円になってしまいます。

ところで、現在アメリカが行っている為替政策は、まさにこの「たくさんお札を刷る」というやり方なのです。
アメリカはドル紙幣をたくさん刷って、世の中にジャブジャブ溢れさせようとしています。ドルをたくさん刷れば、ドルの価値が低くなる、つまり円高ドル安になりますね。最近ニュースで騒がれている円高の一因は、アメリカがたくさんお札を刷っていることにもあるのですね。
しかし、アメリカはいったい何故そんなことをしているのでしょうか。
理由のひとつに、アメリカという国が中国や日本といった外国に対してたくさん借金をしているというのが挙げられます。自らドル紙幣を供給することで、自国の借金を目減りさせようという考えです。あるいは、ドル紙幣を刷るだけ刷っておいて(他国に握らせておいて)、ある日突然「アメリカは今日からドル紙幣をやめて、新しい通貨にすることにします。だから、みなさんが持っているドル紙幣は使えません。」という反則技を発動するんじゃないか? …なんていう黒い噂まであるくらいです。

 
posted by もときち at 12:59 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月17日

国家破産、あるいは初心者のためのハイパーインフレ入門

最近は、日本の財政破綻ブームらしいです。
書店にいくと「2012年日本国家破産!」だとか「日本破滅まであと5年!」みたいなタイトルの本が山積みされております。「国家破産」や「財政破綻」というキーワードでGoogle検索してみるのも面白いですね。
「いつ国家破産が起こるのか。」とか「日本が国家破産する可能性。」とか、ノイローゼ的な検索候補がずらりと並んでいます。
国家破産

経済は人間の感情(心理)で動いています。以前、LTCMが破綻した時もそうでした。LTCMはマイロン・ショールズやロバート・マートンといった経済学者が中心となった、いわば資産運用のドリームチームみたいなグループで、ノーベル賞まで受賞しています。 LTCMは、簡単に言ってしまうば、人気が高く割高な商品を空売りしていたわけです。彼らが空売りする理由は、ようするにこの商品は本来の実力よりも過大評価されていて、いつか値下がりするだろうと予測していたからです。ノーベル賞受賞の天才たちがそう言うのだから間違いありません。
ところが、起こるはずがないとされていた「ロシアの国家破産」が起こってしまい、LTCMの運用は全て裏目に出てしまいます。日本の国家破産も、冷静に分析してみると「起こるはずがない」ように思えてしまいますが、果たして本当にそうなのでしょうか…。まあ、僕にはわかりません。

書店では「破綻する派」と「破綻しない派」の壮絶なバトルが繰り広げられていますね。「破綻する派」には、辛坊治郎・浅井隆など面妖な論者が並び、「破綻しない派」には、高橋洋一・三橋貴明・上念司といった名前が並んでいます。
書物的に一番面白いのは副島隆彦という人(どちらかというと破滅願望者か?)の著書で、経済予測本でありながら、極上のエンターテインメント小説であるかのようなその幻想的な内容、熱のこもった文体には抱腹絶倒させられます。


この国の表面に出ている知識、情報などの多くは、ウソばかりだ。アメリカに飼育され、洗脳されつくした日本メディア(テレビ、新聞)が垂れ流す捏造情報ばかりである。私は彼らと違って自分のお客様(読者)を騙さない。本当のことだけを書いてきた。私たちが見ているテレビや新聞などはウソつきの山で、ウソ八百のガラクタ知識の山だということを、本当に頭のいい人ならそろそろ気付いている。

… おかしなことに、今年の1月30日の、スイスでのダヴォス会議(世界経済フォーラム。世界の最高支配者たちが一堂に集まるビルダーバーグ会議の表の顔)に、普通は、日本は首相が参加することになっているのに、今年はなんと仙谷由人が日本政府代表として参加している。ここで、奇怪な儀式か何かに参加させられて、仙谷は脳におかしなものを吹き込まれたのだろう。「センゴクよ。今後は、お前が中心となって私たちに、日本の資金をもっと貢げ。いいか」と。<新たなる金融危機に向かう世界:副島隆彦>



*    *    *    *



さてさて、随分と前置きが長くなってしまいましたが、国家破産とハイパーインフレについて考えていきたいと思います。
まず「国家破産」というのは、国の借金が返済できなくなる状態。これは会社も同じで、ようするにデフォルトというのは国家という企業が倒産することなのですね。国家には「国債」という膨大な借金があります。
国債=債券というのは一種の金融商品で、実は僕達一般人も購入できるのです。国が国債という債券を刷り、僕達がそれを100万円で購入したとしましょう。 5年間大事にその債券を握りしめておき、それから5年後、その債券を国に返すことで110万円をゲットできるという仕組みです。ようするに、5年間何もしないで10万円の利益(利息)がでたわけですね。

でも、冷静に考えると、これって国家が借金している状態ですよね。今100万円を貸して、5年後に本当に110万円になって返ってくる保証はどこにもありません。それでも国家だから安心(まさか日本政府が俺の100万円持って、そのまま夜逃げしたりしないだろう)ということなのでしょうか。
最近は「日本国債が暴落する」なんて噂が流布していますから、誰も個人向け国債を購入しようとはしません。挙句の果てに財務省は「国債を持てる男子は女子にモテる」なんて宣伝まで始めてしまいました。
それでも、実際に政府は国債をどんどん刷って、誰かがそれを購入しているわけです。その「誰か」というのは、実は僕達自身なのです。僕達一般人が国債を購入した経験なんて一度もないのに、何故、いつの間に買わされているのでしょうか。答えは銀行などの金融機関にあります。

僕達一般人は、銀行に何百万、何千万というお金を預けています。そして、銀行はその(僕達の)お金を使って、国債を購入しているわけです。ようするに、僕達のお金が銀行に勝手に使われて、国債という借金を背負わされていると言うことなのです。
だって、そうでもしないと、銀行自体に利益がでませんよね。銀行は、企業に利息付きで融資する以外にも、国債を購入して地道にコツコツと小銭を稼いでいる金融機関だったりします。そんなわけで、銀行の店舗自体には現金があまりありません。だから、銀行強盗してもあんまり意味がないのです。


今はまだ郵便局や銀行に国民の貯蓄がたくさんあるので、誰かが多少現金を引き出しても、銀行や郵便局が、その預貯金で買った国債をまとめて売る必要がないからです。
ですがもし、個人が一斉に金融資産を取り崩して消費を始めたらパニックです。預貯金の残高が急減して、銀行も郵便局も国債を買う余裕を失います。持っている国債も売らなければなりません。
…新しい国債が売れなくなれば、政府は満期の来た国債の払い戻しが出来なくなります。なぜなら現在、毎年支払期限の来る国債のために、新たに国債を発行してお金を工面しているからです。「期限の来た国債を払い戻せない」=「国家財政の破綻」です。<日本経済の真実:辛坊治郎>


国家は今どうしても100万円の現金が欲しい。だから「5年後に110万円にして返済するからこの国債を100万円で買ってくれ。」と言って、A銀行がそれを購入します。 それから5年後、国家はA銀行に110万円を返さなければなりませんが、実はお金に余裕がなく、返済するあてがなくなってしまっていたのです。
だから、国家はこう言いました。「5年後に220万円にして返済するから、200万円でこの国債を買ってくれ。」と。それで、国家は200万円の現金を手にしたことになります。新しく手に入れたこの200万円の中から、A銀行に110万円(前5年分)を返済するというのです。
ようするに、古い国債の借金を返済するために、新しい国債を売ってその場しのぎをしているわけだから、新しい国債が売れなくなれば倒産するのは当然と言えば当然なんですね。

そして「破綻する派」は、国家破産とハイパーインフレはセットでやってくると言います。ようするに、国が借金を帳消しにするために(現在アメリカが行っているように)紙幣をたくさん刷って、円をジャブジャブ溢れさせるというわけです。円の価値が低くなると、当然物価は上昇していきます。たとえば、つい最近ではジンバブエという国が2008年に年間230万倍のインフレを経験しました。こうして、人々はトランクに札束を詰めて、買い物へ行くようになります。今朝、牛丼が3000円だったものが、夜になったら30000円になっていた…、これがハイパーインフレの世界です。(※実は、日本も戦後に一度これを経験しています。)
しかし、今の日本で本当にこんなことが起こりえるのでしょうか。「破綻しない派」の論客は、これらの破滅願望に対して冷静に反論していきます。


【無理やり破綻させようとしても、逆に日本経済は復活してしまう】
国家破産のホラーストーリーを語る国家破産論者の最大の問題点は、「日本が変動相場制の国であること」を完全に忘れている点です。

… ということは、もし外国人が45兆円の円売りをしかけてきたら、テイラー=溝口介入の1.5倍の規模なので、だいたい30%くらい円安になることが予想できます。 2010念8月31日現在、1ドル83円前後です。これが30%円安になると、1ドル=110円前後の円安になります。
現在、日本の輸出産業は円高に苦しんでいるので、もし為替レートが一気に円安になれば、逆風が一気に追い風に変ることになります。海外での売上が、何もしなくても30%増加することになるからです。まさにいいこと尽くめです。
国家破産を煽りまくっている人たちの主張は、「国家が破産しそうだ。だから今すぐ増税しろ!」ということです。最後に「増税」という結論に導くための前提が「国家破産」という非常時なのです。前項でお話ししたように、日本人を洗脳して思考停止させるためには「非常時だから」というニュアンスを含んだ言葉が必要です。<日本は破産しない!:上念司>


それでも破綻とハイパーインフレが不安な人は「実物資産」に手を出すことになります。その代表格が「金地金」などの貴金属でしょう。ところで、金地金を購入するときには、身分証明(氏名&住所)が必要なことはご存知ですか。もちろん、税務署は金地金購入者をリストアップ、把握していることでしょう。国家は全てお見通しというやつです。そして国家破産、ハイパーインフレなんていう非常時になれば、金地金も国家に没収されかねません。「金地金+没収」でキーワード検索してみるとよいでしょう。
そんなわけで「生き残るため」の最終手段は、日本という国を捨てて、比較的安全な、のんびりした国へ移住することが一番だという結論に至ります。うーん、英語力って大切ですねえ…。

 
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2010年11月23日

1968

1968年は、世界史を画する歴史的ターニングポイントであると言われ、パリにおいては「五月革命」と呼ばれる民衆の反体制運動が勃発し、世界的学生動乱の拡大に大きな影響を与えた。この時期には、フーコー、ドゥルーズ、デリダといった、そうそうたる顔ぶれの思想家達が登場し、それぞれが後に代表作となる著書を上梓している。ビートルズの人気絶頂期もちょうどこの頃。日本ではそれから2年後に、三島由紀夫が割腹自殺をした。

1968年、それは「マルクス」が神のごとき色彩を放っていた時代でもあった。地球上で次々に市場を拡大していこうという資本主義に抵抗する若者たち、それが60年代のマルクス主義である。現在、団塊の世代と呼ばれる大人達がまだ学生であった頃のことだ。
大学における全共闘運動、ベトナム反戦運動といった過激なデモ。さらに70年代になっても「よど号ハイジャック事件」や「浅間山荘事件」など、マルクス原理主義の若者達による暴動は幾度にわたって発生した。ある一つの宗教や思想、物の考え方を100%信じる人間のことを「原理主義者」と呼ぶ。イスラム原理主義などと、その呼び名を聞いたことはあるだろう。原理主義は、自分達の信奉する思想を100%正しいと信じて疑わないため、時として「聖戦」などと称して、無実の一般人を巻き込むテロを仕掛けたりする。たとえば「よど号ハイジャック事件」も、赤軍派と呼ばれる原理主義者たちが引き起こしたものである。
現在では信じられないような話だが、当時は旧ソ連や北朝鮮といった社会主義の国に憧れる日本の若者達が後を絶たなかった。社会主義というのは資本主義の対極に位置するシステムであり、日本の若者達は、日本にも社会主義が定着すれば、誰もが豊かになり、貧富の差がない平等な世界が実現するのだと100%思い込み、それらが60年代後半の過激なデモに発展していったわけだが、その中でも象徴的だったのが1970年3月に起きた「よど号ハイジャック事件」なのだ。
赤軍派のメンバーが羽田発の日本航空「よど号」をハイジャックして北朝鮮へと亡命したのである。彼らは北朝鮮に行けば、そこには理想の社会があるのだろうと信じて疑わなかったゆえ、無実の一般人を巻き込んだ…、原理主義のやり方である。もちろん、彼らの夢はやがて崩壊する。

近代史において、自由主義は全体主義と共産主義を相手に闘争を続けてきたが、第二次世界大戦で全体主義が敗北し、 90年代に至っては旧ソ連の崩壊で共産主義が敗北した現在、歴史は自由主義の勝利を持って終わったのである。
冷戦に勝ち抜いたアメリカ側が自由主義の「勝利宣言」をしたこの時点で、1968年の思想は完全に残滓となり、全共闘運動も、それに関わった若者たちも、人々の記憶から忘れられていった。

―1968年は、歴史という「大きな物語」が存在した、最後の時代であった。
マルクス主義という言葉が生きていた時代。哲学という学問がまだ有効であった時代。しかし、歴史は行き詰まり、現在は「ポスト・モダン」と呼ばれる時代へと突入したわけだ。
ジャン=フランソワ・リオタールは、進歩の先には必ず幸福があると信じていた、そんな「大きな物語」は終わったのだと 『ポスト・モダンの条件』 のなかで語っている。だからこそ「1968」はかくも魅力的な数字として、大きな物語を知らずに生まれた僕の心をとらえて放さない。


Just lying in a bar with my drip feed on
talking to my girlfriend waiting for something to happen
I wish it was the sixties
I wish I could be happy
I wish, I wish, I wish that something would happen.

<Radiohead : The Bends>


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2011年01月08日

貯金ゼロ、あるいは20代からの人生入門

 
金持ちがさらに金持になり、貧乏人がさらに貧乏になり、いわゆる「中流」の人たちがいつも借金に追われている理由の一つは、お金に関する教育が学校ではなく家庭で行われるからだ。たいていの人は親からお金について学ぶ。となれば話は簡単だ。貧乏な親は子供にこう言うしかない…「学校に行って一生懸命勉強しなさい」。子供はいい成績で学校を卒業するかもしれないが、頭に入っているお金に関する知識は貧乏な親から教えてもらったものだけだ。このお金に関する知識は子供がまがごく幼い時期に教え込まれるので、さらに始末が悪い。
学校ではお金について教えない。学校で教えるのは学問的知識、専門的な技術だけで「お金に関する実際的な技術」は教えない。学校で優秀な成績をとったはずの銀行員や医者たちが、一生お金のことで苦労しなければならない理由の一部はここにある。
国家も同じだ。国家が財政難に苦しんでいる理由の一部は、高い教育を受けたはずの政治家や政府の役人が、お金に関する訓練をまったく、あるいはほとんど受けないまま財政上の決定を行っていることにある。<金持ち父さん貧乏父さん:ロバート・キヨサキ>


前回の 『新社会人におすすめのビジネス書』 を投稿するついでに、久々に 『金持父さん貧乏父さん』 を再読したのだけれど、これがなかなか面白くて、数ページほど拾い読みするつもりが、結局最後まで通読してしまった。


恐怖が彼らを罠のなかに閉じ込めているんだ。「いつか恐怖がなくなることを願いながら仕事をしてお金を稼ぐ、それでも恐怖がなくならないからまた仕事をしてお金を稼ぐ…」っていう罠にね。
でもいくら働いても次の日に朝起きると、いつもそこに昨日と同じ恐怖が待っている。何百万人という人が、昔から変わることのないこの恐怖のために、心配で悶々とした眠れない夜をすごす。だから、朝になるとベッドから飛び出して仕事に行く。自分達の魂を蝕むこの恐怖を給料が消してくれるのではないかと願いながらね。
こういう人の人生はお金によって動かされている。でも、本人達はそのことについて本当のことを語ろうとしない。実際は彼らの感情も魂もお金に支配されているんだけれどね。<同>


上記のように、本書は半分くらいが人生哲学(自己啓発的なもの)について書かれていて、もう半分は資産と負債の違い、節税に関する知識など、ファイナンシャル・リテラシーについてのものだ。金持父さんの言うように、あなたが一端のサラリーマンであるなら、お金に関する最低限の知識(簿記3級くらいなら誰でも受かる)は絶対に持っておいたほうがいい。
そんなわけで、タイトルにもある通り、今回は「貯金ゼロ」サラリーマンの恐ろしい未来とその対策について考えていこうと思う。

何を隠そう、僕も「銀行預金」というのは限りなくゼロに近い。
というか、銀行預金が嫌いだからそういう状態にしているのであり、惨めな綱渡り生活を送っているわけじゃないんだけれど、実際のところ、20代の若者はほとんどが貯金ゼロであり、1ヵ月間働いてもらった給与で次の1ヶ月をなんとかやりくりするらしい。そんなだから、給料が振り込まれる25日前後には給与振込口座の残高は1000円を切っている状態。まるで東京で一人暮らしをしていた学生時代の僕みたいだ。
しかし、よく考えてみてほしい。これから30歳、40歳となるあなたは、そんなギリギリの生活を今後も続けていけるのだろうか。ここで怠惰な人間は「もちろん、今の状態をこのまま続けていくのは良くないことくらい自分自身でも分かっている、けれどまだまだ時間はたっぷりあるんだし、焦ることはない。」と、そう考える。
…焦ることはない。このような思考回路の若者には、おそらくセーフティネットがあるのだと思う。
「親」という名のセーフティネットが。
実際のところ、綱渡りの生活をしていた20代サラリーマンが明日失業しても、次の職に就くまでは「親」が面倒をみてくれるだろう。しかし、その安心感がこそが「貯金ゼロ」の根本的原因でもある。

20代の若者にこれから訪れる「人生の転機」は大型出費の連続である。引っ越しをするにしても敷金や礼金、引っ越し代などがかかるし、貯金ゼロがないと身動きがとれない。さらに結婚、出産、子供の教育費、あるいは家族の医療費…。どれをとってもお金がかかるけれど、これが年金生活に突入するとさらにヤバいことになる。 65歳くらいになったら、仕事を辞めて年金生活に入っていくことになるのだが、国からもらえる年金のみで老後を暮らせるわけがなく、実際には、多くの高齢者が年金をベースにして、手元の貯金を取り崩しながら生活しているのである。というか、僕達の世代が年金をもらえる年齢にになる頃には、国の年金水準が今よりも引き下がることはすでに確定的だし、最近では、本当に年金がもらえるのかという疑問まで囁かれるようになった。
まあ、貯金ゼロ対策として一番良い方法は、やはり貯金の自動化だろう。給料が入ったら、すぐさま自動的に別口座へ送金するような積立型の貯金システムを作ってしまえばいいのだ。
…と、僕みたいな人間がこんなことを言っても説得力に欠けるけれど。

一方で、20代は貯金なんかをするよりも『自己投資』をする方が大切だという意見もある。実は僕もそういう類の人間で、今までで一番、何にお金を使ったかというのを思い返すと、恐らく書籍類だと思う。
現在でこそ、月に購入する書籍は10冊から20冊程度になったけれど、学生時代は最低でも1日1冊買わなければ気がすまなかった(笑)
自己投資(自分自身にお金を投資すること)については勘違いしている人が多く、自己投資というのは仲間と酒を飲むことではないし、化粧品や永久脱毛など『自分磨き』といった外見的なものへの投資でもない。 30代、40代になったとき、過去に自分に使ったお金でどれだけ多くのリターンが得られるかということ。
「投資=リターン」が利益を得るための最大原則である。ようするに、20代で自分に蓄積したものが、それ以降の人生を左右するのであり、それはその人の自信へも繋がっていく。

 
posted by もときち at 11:10 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年09月12日

TPP参加 / 不参加

まあ僕のような遊牧民にとっては、ぶっちゃけどっちでもいいんだけど。
そもそもTPP参加・不参加が自由貿易or保護主義で語られていることがナンセンスである。自由貿易がそんなに大事というならTPPなどと言わずにWTOをたて直し、アジアだけでなく世界的に貿易の自由化を進めればいいのだけれど、それが一向に進まないから世界恐慌後のブロック経済みたいな方向に進んでしまっているのが現状だ。
民主党は確かマニフェストに『東アジア共同体』なるものを掲げていたけれど、これは決して間違いではない。現にアジアでは日中韓の経済関係は以前と比べて一層深まっているわけだが、アメリカが何としてもそこに食い込みたいという構図、それがTPPなわけだ。

某首相はTPPへの参加を『平成の開国』などと表現したけれど、日本はTPPなどに参加しなくても既にアジアとは深く結びついており、ある意味で開国している。ようするに今回のTPP騒動はほとんどアメリカ様のアジア戦略。アメリカはまず始めにTPPで日本を取り込み、その後にFTAAPと繋げてアジアを取り込もうというシナリオを描いているわけだ。
もちろんだからといってTPP絶対反対!ってわけでもない。やたらと図にのっている中国の覇権主義を牽制する意味でも、アメリカ様との関係は今後も重要だし尻尾を振っていかなければならないのだが、やはり一番懸念されるのは、今回のTPP騒動で中国と貿易戦争になってしまわないだろうか…ということである。

ちなみにTPPは日本語で『環太平洋戦略的経済連携協定』というらしい。もちろん、日本は環太平洋の一員であるけれど、中国・韓国・タイやらその他の環太平洋の一員の皆様が参加しないのになんで日本だけ参加する必要があるのだろう?アメリカは日本とアジアの関係を分断でもしたいのだろうか。日本がTPPに参加すれば、よくいわれている農業以上に、医療や保険、そして製造業などの分野に大打撃を与える。
現在、日本の最大輸出先国はアメリカではなく中国である。中国市場において日本はドイツと競っているわけだが、TPPで日本と中国の間にひびが入れば、結果どうなるかは大体予想がつくだろう。
…まあ好きにすればいいや。最近の国会中継を見てても 『2ちゃんねる』 の喧嘩と同じレベルにしか見えないし。なんだかもう終わってる、いろんな意味で。


posted by もときち at 02:37 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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