2011年01月25日

ネットビジネスの現在

90年代後半にEコマース、すなわち電子商取引が生まれてきたとき『中間業者は死ぬだろう』ということが予見された。ようするにインターネットが各家庭に浸透することによって、生産者と消費者が直接売買をする直販のビジネスモデルが主流になっていくということである。
確かに、ネット革命が予見した通り、卸売りなどの古き中間業者は淘汰された。しかし、それと同時にインターネットは市場に『新しいタイプの中間業者』を生み出したのだ。
Eコマースによって、消費者である我々と生産者である出版社が直接取引するようなビジネスモデルは実現しなかった。新しいタイプの中間業者の代表格ともいえる『アマゾン』は、リアル書店では実現不可能なほどの在庫、さらには中古の書籍も揃え、他の読者が書いたレビューも参考にできる、まったく新しいカタチの購買代理ビジネスを実現させた。
市場には『アフィリエイター』と呼ばれる中間業者も大勢いる。
彼らは自分のウェブサイトで生産者(企業)の商品をとりあげ紹介する、これもまた新しいタイプの購買代理モデルであった。生産者(企業)が自社製品をアピールするのには限界がある。 TVコマーシャルや雑誌広告で宣伝しても、それはあくまで『生産者視点』の独りよがりのものにすぎないが、そこに第三者である『アフィリエイター』が介入すると事情は異なってくる。彼らは生産者とは何の関係もない、消費者の立場にたって商品をウェブサイトで紹介するわけだ。企業のゴリ押し広告よりも、第三者の評価のほうが他の消費者にとっては信頼できる情報であるだろう。
そして、これら購買代理のビジネスモデルが行く着く先は、いわゆる『ポータル化』という現象である。
アマゾンを見れば分かる通り、かのサイトは書籍以外にもゲームや音楽、家電製品や食品まで、ありとあらゆる商品を販売する『ポータルサイト』へと進化していった。
 
 
インターネットはビジネスモデルだけでなく、そこに関わる人々の価値までも変えようとしている。
インターネットがない頃は、たくさんの本を読み、様々な分野の専門知識を知っている、いわゆる『知識人』と呼ばれる人達は、企業のみならずあらゆる業界において重宝されたものだ。しかし、現在においてはその程度の知識はインターネットを使えば、誰でも容易に手に入れることが出来てしまう。
ネット社会では『知識』の価値が急速に失われていくのである。ひとたび市場に知識が出まわれば、それは簡単にコピーされ、コピーされた知識はその経済的価値を失ってしまう。知識に関していえば、本物と複製品のあいだには何の違いもないからである。大量の本を読み、苦労して身につけた知識もすぐに陳腐化してしまうだろう。
ようするに、これからの資本主義社会においては知識労働者、すなわちプログラマーやシステムエンジニアといった『専門的な知識』を武器とする職種の立場が危うくなっていくのである。そして、これからの企業に必要とされる人材は『専門的な知識』を持った人ではなく、言葉では言い表せないような『能力』を持った人たち。彼らは一般的に『クリエイター』あるいは『アーティスト』などと呼ばれ、知識では補うことのできない『モノを創造する能力』を持った人材である。
たとえば、ひとりの社員が開発した技術については、企業はその『特許』を法律的に所有することはできるが、その社員が転職してしまえば、彼が頭の中に所有している『アイデア』や『創造性』といった財産を手放すことになってしまう。企業は知識を所有できても創造力は所有できないということだ。
お金で買える『知識』よりも、お金では買えない個人の『アイデア』や『創造力』のほうが、はるかに高い価値を持つようになる。それが、これからのネット社会の宿命である。そして、彼らのような能力をもった個人は、企業に従属することなく、自ら企業を興す道を選ぶだろう。 
 
posted by もときち at 16:15 | INTERNET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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