2010年03月24日

ヒトラーの手法


わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫) [文庫] / アドルフ・ヒトラー (著); 平野 一郎, 将積 茂 (翻訳); 角川書店 (刊)1885年にアロイス・ヒトラーは三度目の妻クララ・ペルツルを迎え、2人の間にアドルフ・ヒトラーが誕生。幼少時のアドルフは、クララによく似ていると言われ、深い愛情を持って何不自由なく育っていきました。

しかし、ヒトラーの学生生活は落第続きでした。
ウィーンの美術学校に不合格。当時の彼は肌が青白く、ひどく痩せこけて、病的な面持ちの少年だったといいます。ヒトラーが政治活動に参加するのは、それから10年後、第一次世界大戦の頃からです。


さて、前回の記事でナチズムのことが出たので、ナチズム関連でヒトラーの『マイン・カンプ(わが闘争)』という著書を紹介します。本書の内容は事実に反する虚飾にまみれており、しかしながらヒトラーの幼稚を映し出す鏡として、現在も貴重な資料として扱われています。もちろん「わが闘争」の最も大きなテーマは政治とユダヤ人排撃です。
本書はナチス時代にはたいそう読まれていたそうで、ドイツではある種のバイブルみたいな存在だったのですが、驚くべきは、本書にヒトラーの“やり口”が惜しげもなく披露されていることです。曰く、決起集会などは夕方以降にやったほうがいい、夜になると人間は昼間に持っている理性や秩序がなくなって、非常に動かしやすいからだ…などなど。
確かに、我々人間は夜間になると開放的になるというか、ちょっとハメを外してしまうようなところがありますね。ヒトラーはこのような人間の習性を熟知していたのですが、普通はそういうことを知っていても黙ってこっそりと実践するものです。しかし、彼は敢えて読者にそれをさらけ出す。このようにヒトラーの手法がほとんど書かれている本が広く読まれていたわけだから、大衆がヒトラーに騙されていたとは一概には言えないはずです。だって、大衆はヒトラーの詐術をわかっているうえで、彼を支持しているのだから。

こういった手法はマキャベリの『君主論』なんかにもよく出てきます。ようするに、自分の手の内を全部さらけ出す事によって、逆に相手を信用させてしまおうということです。自分は貴方達を騙していますよ、利用しますよ…と、あらかじめ宣言することにより、かえって彼は「誠実」とみなされ、他者からの信用を勝ち取ってしまう。
露悪主義なども同様。「自分は悪いヤツだ」ということを必死に宣伝する人がいますね。
もちろん、ただ単に悪役のほうがカッコいいというのもあるけれど、それ以上に彼らは「偽善」に対する憎しみが非常に深い。みんな建前で「善人のフリ」をしているけれど、本当は自分のことしか考えてない。連中は偽善者だ。だから、俺は悪人になる。そうすることで露悪主義は逆に信用を勝ち取ろうという詐術を利用しているのです。
夏目漱石の『三四郎』に、現在の日本人は偽善を嫌うあまり露悪に向かっているという指摘があります。
日本では 「本音で言って何が悪い? 心にもない善行をすることより正直であるほうが大事なんだ。」という気分がとても強い。しかし、露悪主義というのは、善を目指すことをやめた姿を皆で共有して安心してしまってる、ある意味でグロテスクな集団です。

posted by もときち at 16:23 | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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