2009年06月14日

貧困ってなんだ?

主婦向けの雑誌を開くと、日本の大多数の「母」たちが、今どのような状況に置かれているかがわかる。「食費1万円台達人のヒミツ、ぜ〜んぶ見せます!」「物価上昇でも!年収300万円でも!貯めてる人の最強家計術」などなど、節約術の記事が目白押しだ。そして、誌面に登場する彼女たちは皆、笑顔に満ちている。夫の年収を現実のものとして受け止め、明るく前向きに生きていこうとする姿が見て取れる。
しかしその笑みの裏側で、彼女たちが血の滲むような努力をしていることはいうまでもない。また、穀物相場や原油相場の急騰で、食料品をはじめとする生活コストも急上昇しているが、夫の給料は一向に上がらない。この現実を直視したとき、今はなんとか“普通”の生活を送ってはいるが、何か「予期せぬ事態」が起こったとき、いっきに坂道を転げ落ちる… そんな恐怖を肌で感じていることだろう。<貧困大国ニッポン:門倉貴史>

 
もちろんどのような国の、どのような時代にも貧困問題は常につきまとっていた。しかし、現代日本を襲っている貧困問題と過去のそれとでは当然のことながら問題の種類が全く異質である。中世ヨーロッパはもちろん、戦後日本は今よりもはるかに貧しい生活を強いられてきたが、彼らは貧しいもの同士に食料を分かち合い、あるいは食べ物が無くなれば畑を耕し、あるいは野山に食料を採集しにいくことが出来たのだから(いわゆる自給自足で)餓死者が極力出ないようなシステムがそこに存在した。
一方で現代日本においては、都市の住民は現金がなければ死んだも同然である。
いったん失業してしまうと、それこそ「坂道を転げ落ちるように」生活が苦しくなり、社会復帰への道は閉ざされてしまう。さらに一番問題なのは、我々が「貧しく不幸な境遇にある人」に対して、共感する心を持てなくなりつつあるという事態である。
 
貧しいものが貧しいものたる所以は、彼ら自身が怠慢で努力を怠ったせいであり、そのような人たちに我々が納めた税金を再分配することは、彼らを甘やかす行為に他ならないという合理精神こそが、自由競争を勝ち抜くための鉄則である。
搾取される若者たち。俺たちが貧しいのは、仕事もろくにしていない年寄りどもが、能力の無い年寄りどもが不当に「俺たちの取り分」を奪っているからであり、それは社会に徹底した実力主義を取り入れることで(年寄りたちのケツをたたくことで)解消されるだろう。90年代以降、企業にも多く取り入れられた成果主義や実力主義はそのような思想的背景のもとに推進され、多くの若年労働者がそれに拍手を贈った。
しかし、そのシステムには重大な欠陥も含まれていた。実力主義は「すべての貧しい若者」に成功を与えるシステムでは決してなく、それは「能力が高い貧しい若者」だけに限定して成功を与えるというシステムだったのだ。能力が高いにもかかわらず、取り分の少なかった若者は、実力主義の波にうまく乗り、その一部は大きな成功をおさめることが出来たが、一方で「能力が低く貧しい若者」は自由競争の犠牲となり、より一層の貧しさを強いられることになってしまったのだ。
日本人には「お金儲けは汚いことだ」という根強い意識がある。そんなことは間違いで「お金儲けは良いこと」だし、これからは日本人も金融教育を徹底すべきなのだと、多くのエコノミストが主張する。しかし、やはりその思想は「すべての人間」を幸福にするようなものではなく、能力の高い一部の人間のみを幸福し、能力の低い人間は、今より一層の貧しさを強いられるというスパイラルから逃れられない。
 
「人間存在を動かすのは限りない欲望の追求であり、それらを支配しているのは金銭だ。」 このように、損得勘定のみで他人と付き合う、極めて自分本位な人間に対して「世の中にはお金で買えないものがあるのだよ」と説得することは不可能だろう。
いや、むしろ人間は誰しも自分本位なものである。しかし、我々が自分本位だからといって「皆さん、本来人間は自分本位な生き物なのだから、それを隠さず皆さんも自分本位になりましょう」などと訴えることは、あまりにも下品だ。彼らを支配しているのは「お金は誰だって欲しいものだ。むしろそれを隠してこっそり金儲けすることのほうが、よほど卑しい行為ではないか」という、偽善を嫌悪するあまり露悪に走ってしまう幼稚なのだ。
 
(本書の)取材の過程では自動車メーカーの派遣社員の間から、自分たちと同じ境遇で働いていた加藤容疑者(秋葉原通り魔事件)の名前が挙がることが多かった。
「自分は加藤容疑者と同じ派遣社員でした。いきなり解雇になって、あいつの気持ちもわかるような気がしましたね。工場内では、最後に盗みが横行したり、気の弱そうな正社員をカツアゲしたり、ロッカーを蹴りつけたり、かなり荒れてましたよ」(23歳・自動車工場の元派遣社員)
「実際、事件前に、加藤みたいな奴が出てこないかなって、話題に出ることもありました。みんなストレスが溜まっているんです。 …誰でもいいからやったという加藤の気持ちも、わかるような気がします」(26歳・自動車メーカーの元派遣社員)
…しかし、彼らは血の通った生身の人間なのだ。雇用崩壊は、生活だけではなく、人の心をも崩壊させている。<リストラされた100人貧困の証言:門倉貴史>

 
彼ら貧困の証言を読んでいると、貧困は無数の小さな犯罪を超えて、最終的には「戦争」を望むようになるのではないか?という結論に行き着いてしまう。金持ちに暴力を振るうために、あるいは既成秩序を破壊するために最も合理的な手段が「戦争」なのだ。
 
 
posted by もときち at 10:53 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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