2009年06月06日

社畜化の詐術

仕事ができる若手というのは、会社経営者にとっては喜ばしい存在だ。しかし、これが「独立心旺盛で仕事のできる若手」となると話は別で、彼らのようなタイプは、会社経営者にとっては危険な存在になるかもしれない。サラリーマン(労働者)は自らの労働力を資本家に売っている。だから、会社が嫌になれば自分の労働力を売らないという選択も出来る。しかし、会社に利潤を生みだしてくれる「若手」は貴重な存在であるため、彼らがそのような選択をとらないように、経営者はあらゆる手段を講じる。
 
山田君は新卒学生としてA社に入社して以来、営業部門において高い業績をあげてきた「期待の新人」であった。彼の活躍ぶりは、いわゆる「仕事のできる若手」として社内に知れ渡り、将来的にはA社を牽引していく存在になるだろうと、経営陣から早くも注目を集めていた。
そんなあるとき、会社経営者(取締役)の1人が、山田君に世間話を持ちかけた。それは「結婚」についての話題であった。
 
「君もそろそろ良い年齢だな。どうだ、結婚する相手はもう決まっているのか?」
「いやあ、まだ全然そういう相手が見つからなくて、困っているんですよ。」
「そうか、まあ早く結婚してご両親を安心させるのも、立派な仕事のうちだぞ。」
 
あなたが企業に勤めるサラリーマンであるなら、もしかしたらこのような場面に遭遇した経験を持っておられるかもしれない。
…不思議なのは、山田君の親でもなく親戚でもなく、少なくとも山田君のプライベートにおける道標でもない経営者は、なぜ彼に結婚をすすめてくるのかということだ。「俺が結婚しようがしまいが、アンタ達には関係ねーだろ」と、言いたいところだが、実は山田君の結婚は、経営側にとって大いに意味のある行為なのだ。
 
男にとって「結婚」とは責任が生まれる儀式である。結婚をすると、男は配偶者としての妻を養っていかなくてはいけないし、あるいは子供が生まれれば子供も養っていかなくてはならない。たとえそのような状況から逃げたところで「養育費」は発生するだろう。 つまり、結婚とは「安定した収入を常に得なくてはならない」という強迫観念を男性に植え付けるシステムなのだ。
するとどうだろう。 妻子を持った山田君にとって、今勤めている会社がなくてはならない神の如き存在へと変貌するではないか。山田君は会社を「安定した収入」を与えてくれる信仰の対象として崇拝し、経営者の言いなりと化す。守りの姿勢を決め込んだ彼は、少なくとも仕事を放り出して雲隠れするなどといった行動は起こさなくなるし、独立起業なんてもってのほかである。
 
嘘のような本当の話―。夢と希望に満ちた若者が会社に入社する。そして、彼が徐々に成長していく過程で、あるとき「お、こいつは将来使い物になりそうだな」と、経営者の目にとまる日がやってくる。すると経営者は「この若者を俺の言いなりに」あるいは「反抗しない使いやすい部下」にする装置として「結婚」の話を出してくる。妻子をもった男性社員ほど「扱いやすいもの」はないからだ。
これは、多くの経営者が用いている社畜化の詐術である。
このような手法を用いる経営者は、ある意味で「知恵」が働く有能な人間だろう。そして、社畜と化した若手社員にも希望はある。それは、少なくとも結婚を奨められた男性は「会社から必要とされている」という点である。
もちろん経営者は「我が社の利益」のために結婚をすすめたのであり、彼の労働力の使い道がなくなれば、簡単に切り捨てることも有りうるだろう。結婚はもちろん、実家で両親と生活している若者に「独り暮らし」を奨める経営者にも、似たような欲望が働いていると言ってよい。
独立心旺盛な若手を「我が社の給料なしでは生きていけないような状況」に追い込む詐術を用いる生き物がいる、あなたはそれを忘れてはいけない。
 
 
posted by もときち at 14:34 | BUSINESS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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