2011年01月05日

新社会人におすすめのビジネス書

僕自身、学生時代は文学作品や哲学書ばかり読んでいて、ビジネス書というのはあまり(というか全く)読んでいませんでした。
ところが、企業に就職して社会と関わるようになり、さらに独立起業して仕事をするようになってからというもの、文学作品の類を全く読まなくなり、最近ではビジネス・経済関連の本ばかり読むようになってしまいました。まあ、ただ単に面白い小説がなくなった…という理由もあります。村上春樹以降、日本の文学界は滅亡の一途をたどっていますし、海外でも面白い作家がめっきり少なくなってしまった。なにしろ、芸能人の書いた小説が純文学(!?)としてベストセラーになる時代なんだから…。
そんなわけで、週3回は書店に足を運ぶ僕も、最近は文芸コーナーはスルーして、まっさきに金融・マネー誌、それからビジネス新刊コーナーへ行くようになりました。

…さてさて、ちょっと前置きが長くなりましたが、今回は僕が実際に読んだことのあるビジネス書で 「これから社会人になる学生さんにお勧め。」 というものを、何冊か紹介していこうと思います。
「企業」という組織の一員になること。ビジネスという新しい人生のスタートに夢見る新社会人は、最低これくらいは押さえておいたほうがいいかも?


金持ち父さん貧乏父さん [単行本] / ロバート キヨサキ, シャロン・レクター(公認会計士) (著); 白根 美保子 (翻訳); 筑摩書房 (刊)金持ち父さん貧乏父さん
お金に関する常識を真っ向から解説している本。なぜ彼は有名大学を出た高学歴でありながら低収入なのか。なぜ彼は高校中退でありながら億万長者になれたのか。
学校教育では教えてくれない…いや、下手をしたら社会に出ても一生気づかないまま終えてしまうかもしれない「お金のリテラシー」について。
もちろん、あなたが「額に汗して真面目に働くこと」こそビジネスの本質だと主張するのなら本書を読む必要はない。


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 [ハードカバー] / クリス・アンダーソン (著); 小林弘人, 小林弘人 (監修); 高橋則明 (翻訳); 日本放送出版協会 (刊)フリー
2009年の出版から1年以上が経った現在…。ネットビジネス、WEBの世界でいったい何が起こっているのか。それらを総括して、手っ取り早く知るためには最適な一冊。
たとえば、Googleはサービスのほとんどを0円=無料で提供しているのに、いったいどこからあんな莫大な収益をあげているのか。
インターネットについて書かれた本ではあるが、無料化問題はIT企業にとどまらず、音楽・出版業界にも大きな打撃を与えている。


ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 [単行本] / ジェームズ・C. コリンズ, ジェリー・I. ポラス (著); James C. Collins, Jerry I. Porras (原著); 山岡 洋一 (翻訳); 日経BP社 (刊)ビジョナリー・カンパニー
いまやビジネス書の古典として地位を確立した本書は、若いビジネスマンを中心に絶大な人気を誇っている。
100年経っても存続し、社会に影響を与え続ける企業には、いくつかの法則がある。本書は、そういった「歴史に名を残す企業」を組織したいと考えている経営者に向けて書かれた作品。 100年企業を設立した起業家たちは、まず始めに「どのような商品を作るか」ということよりも「どのような会社にしようか」を相談することから始めた。会社とは作品である。


キャズム [単行本] / ジェフリー・ムーア (著); 川又 政治 (翻訳); 翔泳社 (刊)キャズム
マーケティング関連の書籍としては読み易く、コトラーはちょっとお堅い… という人にお勧め。
市場では必ずしも「良い製品」が売れるとは限らない。それがまだ我々が体験したことがない、夢のような機能を備えていた新製品だとしても。
大切なのは、その新製品をマーケットの軌道上に、いかにして着地させるかということである。市場には、新製品にいち早く反応して興味を示す先駆層と、新製品が業界標準に固まるまで購買しない保守層とがいるのだ。


イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press) [単行本] / クレイトン・クリステンセン, 玉田 俊平太 (著); 伊豆原 弓 (翻訳); 翔泳社 (刊)イノベーションのジレンマ
ある巨大企業は業界ナンバーワンの技術と収益性を持っていた。
しかし、そこに全く新しい概念を持ち込んだ会社が新規参入することによって、古き巨大企業は滅びていってしまう。
ここ最近のもっとも分かりやすい事例でいうと、インターネットという「破壊的イノベーション」によって、我々はわざわざ新聞を購読する必要がなくなった。CDを店舗で購入せずとも、ネット上でダウンロード出来るようになった。技術革新は「既成概念」にすがっていた企業を滅ぼすのである。


競争の戦略 [単行本] / M.E. ポーター (著); 土岐 坤, 服部 照夫, 中辻 万治 (翻訳); ダイヤモンド社 (刊)競争の戦略
多くの経営者からストラテジーの最高峰との評価を受けている名著。
企業を取り巻く要因、競合他社、差別化、新規参入業者、顧客ニーズや業界の環境などなど、ビジネスの教科書的な語句のオンパレード。
ドラッカーの著書のように、おカタい経営学の書として名高く、途中で挫折する人も多いらしい。大学の経営学部でもよくテキストとして利用されているので、既にご存知の新社会人も多いのでは。挫折者のために「ポーター教授・競争の戦略」の入門書も出版されている。


MBAバリュエーション (日経BP実戦MBA) [単行本] / 森生 明 (著); 日経BP社 (刊)MBAバリュエーション
うちの会社は(あるいは自分の職種は)企業買収とかはあまり関係ないかな…という人にもお勧めの一冊。
ところどころ面倒くさい数式も出てくるけれど、企業価値=会社の値段の算定方式について、これ以上分かりやすく書かれた本は他にない。
会社を売り買いする場、それが株式市場であり、M&Aという活動である。
うちの会社は、いったい「いくら」なんだろう。本書は、そんな素朴な疑問に多角的な視点からこたえてくれる。


 
posted by もときち at 10:56 | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年01月08日

貯金ゼロ、あるいは20代からの人生入門

 
金持ちがさらに金持になり、貧乏人がさらに貧乏になり、いわゆる「中流」の人たちがいつも借金に追われている理由の一つは、お金に関する教育が学校ではなく家庭で行われるからだ。たいていの人は親からお金について学ぶ。となれば話は簡単だ。貧乏な親は子供にこう言うしかない…「学校に行って一生懸命勉強しなさい」。子供はいい成績で学校を卒業するかもしれないが、頭に入っているお金に関する知識は貧乏な親から教えてもらったものだけだ。このお金に関する知識は子供がまがごく幼い時期に教え込まれるので、さらに始末が悪い。
学校ではお金について教えない。学校で教えるのは学問的知識、専門的な技術だけで「お金に関する実際的な技術」は教えない。学校で優秀な成績をとったはずの銀行員や医者たちが、一生お金のことで苦労しなければならない理由の一部はここにある。
国家も同じだ。国家が財政難に苦しんでいる理由の一部は、高い教育を受けたはずの政治家や政府の役人が、お金に関する訓練をまったく、あるいはほとんど受けないまま財政上の決定を行っていることにある。<金持ち父さん貧乏父さん:ロバート・キヨサキ>


前回の 『新社会人におすすめのビジネス書』 を投稿するついでに、久々に 『金持父さん貧乏父さん』 を再読したのだけれど、これがなかなか面白くて、数ページほど拾い読みするつもりが、結局最後まで通読してしまった。


恐怖が彼らを罠のなかに閉じ込めているんだ。「いつか恐怖がなくなることを願いながら仕事をしてお金を稼ぐ、それでも恐怖がなくならないからまた仕事をしてお金を稼ぐ…」っていう罠にね。
でもいくら働いても次の日に朝起きると、いつもそこに昨日と同じ恐怖が待っている。何百万人という人が、昔から変わることのないこの恐怖のために、心配で悶々とした眠れない夜をすごす。だから、朝になるとベッドから飛び出して仕事に行く。自分達の魂を蝕むこの恐怖を給料が消してくれるのではないかと願いながらね。
こういう人の人生はお金によって動かされている。でも、本人達はそのことについて本当のことを語ろうとしない。実際は彼らの感情も魂もお金に支配されているんだけれどね。<同>


上記のように、本書は半分くらいが人生哲学(自己啓発的なもの)について書かれていて、もう半分は資産と負債の違い、節税に関する知識など、ファイナンシャル・リテラシーについてのものだ。金持父さんの言うように、あなたが一端のサラリーマンであるなら、お金に関する最低限の知識(簿記3級くらいなら誰でも受かる)は絶対に持っておいたほうがいい。
そんなわけで、タイトルにもある通り、今回は「貯金ゼロ」サラリーマンの恐ろしい未来とその対策について考えていこうと思う。

何を隠そう、僕も「銀行預金」というのは限りなくゼロに近い。
というか、銀行預金が嫌いだからそういう状態にしているのであり、惨めな綱渡り生活を送っているわけじゃないんだけれど、実際のところ、20代の若者はほとんどが貯金ゼロであり、1ヵ月間働いてもらった給与で次の1ヶ月をなんとかやりくりするらしい。そんなだから、給料が振り込まれる25日前後には給与振込口座の残高は1000円を切っている状態。まるで東京で一人暮らしをしていた学生時代の僕みたいだ。
しかし、よく考えてみてほしい。これから30歳、40歳となるあなたは、そんなギリギリの生活を今後も続けていけるのだろうか。ここで怠惰な人間は「もちろん、今の状態をこのまま続けていくのは良くないことくらい自分自身でも分かっている、けれどまだまだ時間はたっぷりあるんだし、焦ることはない。」と、そう考える。
…焦ることはない。このような思考回路の若者には、おそらくセーフティネットがあるのだと思う。
「親」という名のセーフティネットが。
実際のところ、綱渡りの生活をしていた20代サラリーマンが明日失業しても、次の職に就くまでは「親」が面倒をみてくれるだろう。しかし、その安心感がこそが「貯金ゼロ」の根本的原因でもある。

20代の若者にこれから訪れる「人生の転機」は大型出費の連続である。引っ越しをするにしても敷金や礼金、引っ越し代などがかかるし、貯金ゼロがないと身動きがとれない。さらに結婚、出産、子供の教育費、あるいは家族の医療費…。どれをとってもお金がかかるけれど、これが年金生活に突入するとさらにヤバいことになる。 65歳くらいになったら、仕事を辞めて年金生活に入っていくことになるのだが、国からもらえる年金のみで老後を暮らせるわけがなく、実際には、多くの高齢者が年金をベースにして、手元の貯金を取り崩しながら生活しているのである。というか、僕達の世代が年金をもらえる年齢にになる頃には、国の年金水準が今よりも引き下がることはすでに確定的だし、最近では、本当に年金がもらえるのかという疑問まで囁かれるようになった。
まあ、貯金ゼロ対策として一番良い方法は、やはり貯金の自動化だろう。給料が入ったら、すぐさま自動的に別口座へ送金するような積立型の貯金システムを作ってしまえばいいのだ。
…と、僕みたいな人間がこんなことを言っても説得力に欠けるけれど。

一方で、20代は貯金なんかをするよりも『自己投資』をする方が大切だという意見もある。実は僕もそういう類の人間で、今までで一番、何にお金を使ったかというのを思い返すと、恐らく書籍類だと思う。
現在でこそ、月に購入する書籍は10冊から20冊程度になったけれど、学生時代は最低でも1日1冊買わなければ気がすまなかった(笑)
自己投資(自分自身にお金を投資すること)については勘違いしている人が多く、自己投資というのは仲間と酒を飲むことではないし、化粧品や永久脱毛など『自分磨き』といった外見的なものへの投資でもない。 30代、40代になったとき、過去に自分に使ったお金でどれだけ多くのリターンが得られるかということ。
「投資=リターン」が利益を得るための最大原則である。ようするに、20代で自分に蓄積したものが、それ以降の人生を左右するのであり、それはその人の自信へも繋がっていく。

 
posted by もときち at 11:10 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年01月15日

仕事をサボる社員

仕事中にネットサーフィンをして遊ぶと、集中力が高まり、生産性が向上するという調査結果があるらしい。「企業は生産性が低下するからと言って、社員がYouTubeやFacebookを見たり、オンラインショッピングをするのを防ぐためのソフトに多額の費用を投じている。だが、常に生産性が低下するとは限らない」と、メルボルン大学のブレント・コーカー博士は指摘している。
ネットサーフィンというのは、たとえば『村上春樹の新作が出るらしい』と調べて、そのホームページに『村上春樹は厚揚げが好きらしい』と書かれていて、そんな情報どこから出てきたんだろう…と 『村上春樹、厚揚げ』で検索して、また別のサイトへ移動して…と、次から次へとサイトを移動して時間を過ごしてしまう行為のことである。

このような行為を防止するため、企業はWebブラウザをロックするセキュリティソフトを導入したり、あるいは社員に 『この会社では君達がパソコンでどんなサイトを閲覧したか、すべての情報がサーバーに記録されるから、如何わしいサイトなど閲覧しないように。』 と、釘をさしておく。
仕事をサボるのは事務職や開発職だけではない。上司の目の届かない外回りの仕事=営業職も同様だ。むしろ、営業職で仕事をサボったことのない人を探すほうが困難ではないか。客先にいって商談を成立させて、ちょっと疲れたからそこらの喫茶店で一息入れようというのは、そんなに悪いことには思えないし、というかその程度ならサボるうちに入らないと思うのだけれど、さすがに仕事中にゲーセンへ行ったりカラオケへ行ったりするのは問題だと思う。
で、最近はGPS搭載の携帯電話が普及してきたため、営業職にそれを持たせて 『この会社では君達が今現在どこにいるか、すべてお見通しだから、外出中に妙な場所へ出入りしたりしないように。』 と、ザミャーチンやオーウェルばりの監視社会を構築している企業まである。
どうやらインターネットのアクセス監視だけでなく、監視カメラ、ディスプレイモニタなど、ありとあらゆるシステムを駆使して、社員の働きぶりをすべて把握するつもりらしい。


しかしながら、生産性をあげたいから社員の監視を強めるというのは逆効果である。
そもそも、人間というのは仕事をサボる生き物だ。パソコン(ネットサーフィン)でサボることが出来なくなった社員は、監視カメラの映らない給湯室でおしゃべりを始めたり、あるいはパソコンにむかったまま、なんとなく「ボケーッ」として時間を過ごしてしまうし、 GPSを搭載された営業職は、さしあたりない場所で一服したりと、彼らは必ず何らかの抜け道を見つける。
そして、そのうち社員は 『いかに自分が仕事をしているか』をアピールするために、監視カメラに映る自分を意識するようになるだろう。ようするに、仕事そのものよりも 『仕事をしている自分を演じること』 のほうが重要になってしまうのだ。なにより、監視される社員は仕事に対するモチベーションも下がり、人間性が失われていってしまう。
企業は何のために社員を監視するのか?もちろんそれは「利益」をだすためだろう。ともすれば、その監視行為が本当に会社に利益をもたらすのかを冷静に考えなければ、監視システムは経営者の自己顕示欲の象徴にして終わる。

生産性が高い人というのは、サボる時はとことんサボるけれど、仕事をしているときの集中力はものすごいものだ。たとえば、彼がひとたびプログラム開発などを始めると、他の事には一切目もくれずプログラミングに没頭し、食事をするのも面倒になり、気がついたら夜中の12時だった…というくらいすごい。
 
posted by もときち at 14:49 | BUSINESS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年01月25日

ネットビジネスの現在

90年代後半にEコマース、すなわち電子商取引が生まれてきたとき『中間業者は死ぬだろう』ということが予見された。ようするにインターネットが各家庭に浸透することによって、生産者と消費者が直接売買をする直販のビジネスモデルが主流になっていくということである。
確かに、ネット革命が予見した通り、卸売りなどの古き中間業者は淘汰された。しかし、それと同時にインターネットは市場に『新しいタイプの中間業者』を生み出したのだ。
Eコマースによって、消費者である我々と生産者である出版社が直接取引するようなビジネスモデルは実現しなかった。新しいタイプの中間業者の代表格ともいえる『アマゾン』は、リアル書店では実現不可能なほどの在庫、さらには中古の書籍も揃え、他の読者が書いたレビューも参考にできる、まったく新しいカタチの購買代理ビジネスを実現させた。
市場には『アフィリエイター』と呼ばれる中間業者も大勢いる。
彼らは自分のウェブサイトで生産者(企業)の商品をとりあげ紹介する、これもまた新しいタイプの購買代理モデルであった。生産者(企業)が自社製品をアピールするのには限界がある。 TVコマーシャルや雑誌広告で宣伝しても、それはあくまで『生産者視点』の独りよがりのものにすぎないが、そこに第三者である『アフィリエイター』が介入すると事情は異なってくる。彼らは生産者とは何の関係もない、消費者の立場にたって商品をウェブサイトで紹介するわけだ。企業のゴリ押し広告よりも、第三者の評価のほうが他の消費者にとっては信頼できる情報であるだろう。
そして、これら購買代理のビジネスモデルが行く着く先は、いわゆる『ポータル化』という現象である。
アマゾンを見れば分かる通り、かのサイトは書籍以外にもゲームや音楽、家電製品や食品まで、ありとあらゆる商品を販売する『ポータルサイト』へと進化していった。
 
 
インターネットはビジネスモデルだけでなく、そこに関わる人々の価値までも変えようとしている。
インターネットがない頃は、たくさんの本を読み、様々な分野の専門知識を知っている、いわゆる『知識人』と呼ばれる人達は、企業のみならずあらゆる業界において重宝されたものだ。しかし、現在においてはその程度の知識はインターネットを使えば、誰でも容易に手に入れることが出来てしまう。
ネット社会では『知識』の価値が急速に失われていくのである。ひとたび市場に知識が出まわれば、それは簡単にコピーされ、コピーされた知識はその経済的価値を失ってしまう。知識に関していえば、本物と複製品のあいだには何の違いもないからである。大量の本を読み、苦労して身につけた知識もすぐに陳腐化してしまうだろう。
ようするに、これからの資本主義社会においては知識労働者、すなわちプログラマーやシステムエンジニアといった『専門的な知識』を武器とする職種の立場が危うくなっていくのである。そして、これからの企業に必要とされる人材は『専門的な知識』を持った人ではなく、言葉では言い表せないような『能力』を持った人たち。彼らは一般的に『クリエイター』あるいは『アーティスト』などと呼ばれ、知識では補うことのできない『モノを創造する能力』を持った人材である。
たとえば、ひとりの社員が開発した技術については、企業はその『特許』を法律的に所有することはできるが、その社員が転職してしまえば、彼が頭の中に所有している『アイデア』や『創造性』といった財産を手放すことになってしまう。企業は知識を所有できても創造力は所有できないということだ。
お金で買える『知識』よりも、お金では買えない個人の『アイデア』や『創造力』のほうが、はるかに高い価値を持つようになる。それが、これからのネット社会の宿命である。そして、彼らのような能力をもった個人は、企業に従属することなく、自ら企業を興す道を選ぶだろう。 
 
posted by もときち at 16:15 | INTERNET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。