2010年11月01日

24 -TWENTY FOUR-


24 -TWENTY FOUR- ファイナル・シーズン DVDコレクターズBOX / キーファー・サザーランド (出演) 
海外ドラマ「24」のファイナルシーズンがいよいよレンタル開始されましたね。 僕自身もこのドラマはファーストシーズンから全て観ているファンのひとりです。
「24」の魅力は、次から次へと引き起こされる大問題をCTU(テロ対策ユニット)がどのように解決していくか、視聴者がまったく予想できない、手に汗握る怒涛のストーリー展開にありますが、それ以上に、僕はこのドラマの主人公「ジャック・バウアー」の存在が、このドラマの大きな魅力であると思うのです。


ジャック・バウアーほどむちゃくちゃな捜査官は、世界中のどのような刑事ドラマにも存在しません。テロリストを追うからといって、民間人からクルマを強奪し、さらには民間人を人質にして、コンビニ強盗をしたり、中国総領事館に不法侵入したあげく銃撃戦はじめちゃったり…。やってることは間違いなく犯罪なんだけれど、それでも「テロを未然に防ぐために必要だった」とCTU幹部に逆切れする始末。
こんなぶっとんだ捜査官は、即刻お国のために逮捕されて然るべきですが、なにかと理由をつけて現場復帰します。日本語吹替版の声優「小山力也」の声も実に魅力的。今回のファイナルシーズンで、ジャックとお別れかと思うと、やっぱり寂しいですねえ…。(※以下・ネタバレ注意)


24 seasonT】 ★★★★★

まだ「24」を観たことがなくて、食わず嫌い(?)をしている方がいたら、まずはこのファーストシーズンから観ることをお勧めします。第1話(午前0:00)から第5話(午前4:00)くらいまでは、普通のクライム・サスペンス的な要素で展開していきますが、第6話(午前5:00)あたりから、俄然面白くなってきます。ここからジャックが同僚のニーナをやむを得ず射殺する午前7:00までが序盤の山場ですね。「24」の善し悪しを判断するなら、まずはレンタルビデオ屋で第三巻まで借りてみてください。
このシーズンで、僕がどうしても忘れられないのは、最終話で監視カメラに映った本物のスパイ(あの人)の恐い顔です。今までの行動に色々矛盾点はあるし、ネタバレになってしまうので詳細は避けますが、それでも24時間という長丁場のドラマを、まあ巧くまとめたなあ…と、感心せざるをえません。


24 seasonU】 ★★★☆☆

シリーズものの映画には、たいてい第一作目が傑作で、それに続く第二作目は失敗作が多いというジンクスがあります。キアヌ・リーブス主演の「スピード」なんかがそうですね。ジェイムズ・キャメロン監督の「エイリアン2」や「ターミネーター2」は、第一作目よりも第二作目のほうが傑作となった稀有な例ですが。たまにそういうこともあります。
で、「24」のシーズンUなんですが、やっぱり処女作と比べると驚きに欠けてしまいますね。ただ、今回のテロは核爆弾なので、失敗したらアウト!という緊張感はあります。シーズンTで嫌われ役だったある人物が、自らの命を犠牲にしてテロを止めるシーンには感動します。あと、ジャックの娘のキムが、余計な問題を引き起こすトラブルメーカーだと印象付けられたのも、このシーズンUでしたね。


24 seasonV】 ★★★★★

次のシーズンWと並んで、僕が個人的に最も好きなシーズンです。今回はバイオテロ、すなわち細菌兵器を使った犯罪で、これはもう感染したら最後。しかもその感染がアメリカの街中で徐々に広がっていくという、収拾のつけようのなさが最高の緊張感を演出しています。とくに午前4:00から起こるホテル内での鼻血パニックはリアルに恐い。
それから、ジャックは犯人の要求で、仕方なくある同僚を殺さなくてはいけないという過酷な立場に追い込まれてしまいます。まあ、舞台裏ではただ単に「降板だから」という理由なのでしょうけれど、やっぱりこんなことをする(出来る)捜査官はジャック・バウアー以外には存在しませんね。


24 seasonW】 ★★★★★

これもシーズンVと並び、僕の最も好きなシーズンです。大統領暗殺、核爆弾、細菌兵器ときて、そろそろネタが尽きたかな…と思いきや、「24」史上かつてない連続テロにCTUは立ち向かうことになります。ヘラー長官誘拐、原子炉メルトダウン、エアフォースワン爆撃、核のフットボール…。最初から最後まで綿密に(?)計画されていた連鎖するテロ攻撃。
しかも、今回は中国総領事館に不法侵入して銃撃戦をはじめたうえ、総領事(だっけ?)が射殺されてしまうという別問題まで同時に勃発。ジャックは、この国際問題と連鎖テロを同時に片付けなくてはなりません。トニーの颯爽とした登場、パーマー元大統領の復帰、さらにはシーズンTの暗殺者マンディまで登場するといった豪華なキャストにも注目。


24 seasonX】 ★★★★☆

最初の10分ですべてが変わる―!世間的にはこのシーズンXが「24」の最高傑作だと言われています。まあ、確かに悪くはありません。でも、パーマー大統領やトニー、ミシェルといった過去に活躍してきたキャストの雑な扱い方が個人的に気に入りませんね。
本シーズンを最高傑作と言わしめているのは、おそらく首謀者(終盤で明らかになる黒幕)がとんでもない人物だったからでしょう。いかにもアメリカらしいというか…。ちなみに今回のテロは神経ガスです。吸い込んでしまうと全身麻痺。感染がないぶん、シーズンVの細菌兵器より殺傷力に劣ります。ただ、CTUの愛すべきエドガー・スタイルズさんの退場には、ちょっと胸を打たれましたね…。


24 seasonY】 ★★☆☆☆

ジャックの家族が絡んでくるシーズンYですが、過去5作と比べると明らかにマンネリ化の失敗作。
もう、どこにスパイが潜んでいてもビックリしないし、テロ攻撃も相変わらずの核爆弾。こう言っては失礼ですが、本当に見るべきところがないのです、ジャックの暴走ぶり以外に。途中から敵がロシアから中国にチェンジしたり、繋ぎあわせ感を拭いきれません。


24 seasonZ】 ★★☆☆☆

シーズンXで死亡したと思われていたトニーが、今度はテロリストとしてアメリカ政府に復讐する…、という展開からスタート。女性初の大統領テイラーさんは、現実に次期大統領と噂されているヒラリーさんの風貌に似ているような気がしないでもない。今回はCTUも閉鎖され舞台はワシントン。あッと驚くような場所がテロの標的にされてしまいます。しかし、ここでも(ほぼ無理矢理)ブキャナンさんが降板されたりと、過去の登場人物をこうも簡単に消されてしまうとねえ…、視聴者の思い入れが…。
ところで、黒幕が実はアメリカ有数企業を牛耳る闇の権力者たちだった…という荒唐無稽な展開は、べンジャミン・フルフォードさんの著書を想起してしまいます。世界史は本当に闇のフィクサー(なんたら財団やら)が支配しているんですかね。


以上、個人的に各シーズンを振り返ってみました。やっぱりシーズン1のあのドキドキ感とかは、もう再現できないのでしょうね。僕自身は、現在ファイナルシーズンを(途中までですが)観ている最中です。現在のところ、ジャック・バウアーは常軌を逸した犯罪的行動をとっていませんが、これからの展開に期待したいと思います。

 
posted by もときち at 11:52 | ENTERTAINMENT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月02日

運動不足改善序説

以前 『食生活改善序説』 という記事でも書きましたが、長期的に健康を維持するためには、食事を変えるだけではいけません。喫煙や飲酒といった体に有害なものを出来るだけ取り入れないこと、あとは適度な運動を継続していくことですね。
米国癌研究財団という組織があって、彼らが提唱する「癌予防15ヵ条」の中には、適度な運動が重要であると記されています。もっと詳しく言うと、「1日1時間の速歩か、それに匹敵する運動。さらに一週間に少なくとも1時間の活発な運動をすること。」 という内容が掲げられています。
適度な運動は自然治癒の働きを活発化します。これは、癌のみならず動脈硬化などの心臓病などにも効果的で、運動をすることで血液の循環をよくし、新陳代謝が活性化され、ストレスの緩和にもつながるということです。もちろん、あくまで「適度な運動」が効果的であり、いたずらに体を苦しめるようなハードトレーニングは、東洋医学の観点からも悪影響とされています。

僕自身も高校卒業以降、まともに運動をした記憶がなくて、このあいだ近所(500m程度)をランニングしただけで、ゼェゼェ息が続かない状態…という運動不足を思い知らされた人間です。
僕の親父(登山家)にしろ、僕の祖母(日本舞踊)にしろ、長期的に運動を続けている人達はきっと長生きするでしょうね。祖母にいたっては、もう90歳になるというのに現役で日本舞踊を弟子たちに教えていて、ストレスも皆無。今まで彼女が重い病気にかかったことはありません。弟子の若い女の子は、祖母を「サイボーグだ。」と表現するくらいです。
そんなわけで、僕も彼らを見習って、最近トレーニング・ジムに通うようになりました。トレッドミルを使って軽いジョギングを計1時間、あとは筋肉増強系のマシンを使って「ハムストリングス」だとか「僧帽筋」だとかを鍛えています。 例によって、このトレーニング・ジムのお姉さんにも、「この人、毎日こんな時間から来るなんてよほど暇なのね、きっと無職なのね。」 と、思われているかもしれませんが。


トレーニング・ジム

posted by もときち at 07:15 | HEALTH | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月08日

タイ王国の冒険

帰国しましたので恒例の旅行記を書いていきます。今回の旅の目的地はタイ。真冬でも最高気温30℃以上という、とんでもなく暑い国である。
滞在中はバンコク市内の観光、タイの代名詞的な存在でもある水上マーケット、世界遺産アユタヤや映画「戦場に架ける橋」で有名になったカンチャナブリーのクウェー川鉄橋など、短い期間だったけれどたくさんの場所をまわることが出来た。

バンコク市内をめぐる冒険

タイ(01)初日はバンコク市内の観光から始めた。僕が宿泊したホテルはサヤーム・スクエアという市内中心部にあって、比較的アクセスの良い場所である。朝7:00に起きてさっそくタクシー移動。ちなみにバンコクのタクシーはメータータクシーとそうでない(正規でない)タクシーがあるのだけど、いずれにせよ物価が安い国なので気にはならない。日本なら2000円とられる距離でも、タイなら300円程度で行けてしまうのだ。

バンコクで最初に訪れたのは三島由紀夫の小説「暁の寺」でも知られる『ワット・アルン』である。
タクシーで対岸のターティエン船着場まで移動し、3バーツ払ってワット・アルンへ。この寺はヒンドゥー教の聖地「カイサーラ山」をイメージして造られ、塔の上部にはエラワンやインドラの石像が飾られている。


ここではヒンドゥー教徒(?)だか、神の使い(?)だか、なんだか知らないけれど妙なコスプレをして写真を撮影してみた。上の写真画像にマウスの矢印をのせてみてください。…なんか、どうみても不審者ですな。
バンコク市内にはワット・アルンを始めとして「ワット」と名のつく建造物がたくさんあるのだけど、これは「寺」という意味。ならば「アルン」は、おそらく「日の出」とか、そういう意味だろう。そういえばお隣のカンボジアには「アンコール・ワット」というのもありましたね…。

ワット・アルンから対岸までボートで戻り、徒歩1分くらいの場所には『ワット・ポー』がある。これはタイ式マッサージと大涅槃仏で有名なお寺だ。
さらに、ワット・ポーから徒歩10分くらいの場所には、バンコク市内で最も賑わう観光名所の一つである『王宮&ワット・プラケオ』がある。
正直、ワット・プラケオ境内はごちゃごちゃしている。日本の寺院のように整然と順路が決められているわけでもなく、どの建物が本堂なのかよくわからないのだ。人が多いという理由もあるけれど。
タイ(02)


そんなわけで、ワット・プラケオはバンコクで一番規模の大きい観光名所で、入場料金も350バーツと、タイにしてはわりと高く設定されていた。ちなみに上の写真は「王宮」である。その名の通り、タイ王国の王様が住んでいた宮殿で、現在では祭典の場として利用されている。


タイ(03)さてさて、ワット・プラケオを観終わったらトゥクトゥクに乗って『カオサン通り』まで移動。トゥクトゥクというのはタイを象徴するイメージにもなっている乗り物で、排気ガスをもうもうと吐き出しながら疾走する三輪車タイプのタクシーである。
これはタクシーメーターのような料金設定はなく、運転手と値段交渉をするシステムだ。まあ、何遍もいうようにタイは破格的に物価が安いので、ふっかけられようが、ぼったくられようが、そんなに憤ることはないのだ。


カオサン通りとは、かつてバックパッカーの聖地として栄えた無国籍地帯。セブン・イレブンもあればマクドナルドもある、今でも格安の宿が軒を連ねているチープな観光場所である。
僕はここで昼食をとることにした。サンドウィッチが20バーツ、日本円にしてたかだか60円程度である。タイなら5万円もあれば1ヶ月くらい楽々と暮らしていけるんじゃないだろうか。

カオサン通りで昼食を済ませたら再びトゥクトゥクを利用して『ジム・トンプソン・ハウス』まで移動。ここはタイのシルク王として有名なジム・トンプソンが住んだ家として知られる。
本名はジェームズ・ハリソン・ウィルソン・トンプソンという。敷地内にある6棟の住居はアユタヤなどから移築されたもので、屋内にはジム・トンプソンが収集した古美術作品の数々が飾られていた。
本人は1967年に謎の失踪を遂げており、行方は未だ不明のままである。
タイ(04)

ここでは何分かおきに日本語のガイドツアーも催されているので利用してみた。
また、タイシルクのお土産屋も隣接されていたけれど、さすがブランド物だけあって、その辺りで売られているタイ土産品とは価格が一桁違った。

タイ(05)ジム・トンプソン・ハウスはバンコクの中心部近くにあり、ここからは徒歩移動である。残念なことに空気はあまりキレイではない。
ジム・トンプソン・ハウスから徒歩20分程度の場所には『エラワン・プーム』と呼ばれる祠がある。ここは朝から晩まで参拝客が訪れる人気スポットで、ときどき奉納の踊り(タイダンス)を見ることも出来る。
写真は梵天様に供えられた花飾り。僕も線香とお花を供えてお祈りしてみた。


そんなわけで旅行初日、バンコク市内観光は無事終了。夕食は有名なタイ料理店「マンゴー」で食べたけれど、やっぱり僕の口には合わないんだな…。トムヤンクンの匂いをかぐと、どうしてもイギリス料理を思い出してしまう。
しかしまあ、ともかく物価が安いことだけは評価できると思う。タイ式マッサージも体験してみたけれど1時間なんと300バーツ!日本円にして1000円程度で出来てしまうのだ。日本で1時間のマッサージをするとなると安くても6000円はすると思う。タイなら毎日マッサージにいける、そこだけは羨ましいな。


ダムヌン・サドゥアク 水上マーケット

旅行2日目は、タイ観光として人気も定着した水上マーケットへ行くことにした。
バンコクから車で1時間くらいの場所にある「ダムヌン・サドゥアク 水上マーケット」だ。ここはもう、タイ政府公認の水上マーケットで、文化保存と観光客誘致のためにわざわざ開発したものだ。
まず水上マーケットから数km離れた場所でボートに乗る。そこから運河を眺めながら市場まで移動するわけだ。
タイ(06)

いかにもタイらしい風景。運河には毒ヘビ注意の看板もたっていて怖かったけれど…。
水上マーケットではたくさん買い物をしてしまった。売られているものは、ほとんどが観光客向けのお土産品ばかりで、僕もわけのわからない民芸品をいくつか購入。荷物になるから途中で捨てるはめになってしまうのだけれど…。

タイ(07)あと、マーケット出口ではテレビでよくみるヘビマフラー体験をすることが出来た。これ、やってみたかったのだ。
ヘビを触った感触は、そんなに気持ち悪いものでなく、なんだかザラザラした人間の肌を掴んでいるような感じである。しっかし、写真を撮りたいのにヘビは落ち着きがなく、静止してくれないのだ。ヘビ使いのおじさんに「ヘビとキスも出来るからやってみないか。」と言われたけれど、さすがにそれは無理だろ。

そんなわけで本日の水上マーケット巡りは終了。それにしても日本人観光客が多いのか、船で商売しているタイ人の方達は日本語が上手だ。いや、上手というほどでもないのだけれど、もう押しが強くてまいってしまった。
「友達、友達、安い、安いよ、チップ、チップ。」 …自分からチップまで要求する外国人を初めて見ました。


世界遺産アユタヤ

古都アユタヤは世界遺産にも登録された。周囲は大きな川に囲まれており、中心部にはいくつもの寺院が遺跡として残されている。
この都は420年間もの間、アユタヤ王朝の都として栄え、17世紀にはヨーロッパとも交易をする国際都市として発展したが、 18世紀になるとビルマ軍に攻め落とされて廃墟と化してしまったのだ。
1日で全ての寺院をまわることは到底不可能なので、有名なものを数か所だけピックアップして観ることにした。
タイ(08)

まずは「ワット・マハータート」。
菩提樹に囲まれた仏頭が有名で、これはアユタヤの象徴ともいえる。 14世紀に建てられた大寺院だけれど、これもまたビルマ軍に破壊され、顔や腕などを失った仏像が遺跡のまわりに佇むのみである。


タイ(09)次に「ワット・プラ・シー・サンペート」。やたら長い名前だ。こちらは1491年に完成した守護寺院で現在残っているのは3基の仏塔のみ。
「ワット・プラ・シー・サンペート」は、当時バンコクの「ワット・プラケオ」に相当するほどの寺院であったという。
ここでは象乗りも体験できたのだけれど、僕は別の場所で象に乗る予定があったのでパスすることにした。

最後に「ワット・ローカヤスッター」へ。
バンコクの「ワット・ポー」のように、巨大な仏像が横たわっている観光名所だ。
アユタヤには、この他にも「ワット・ヤイ・チャイモンコン」や「日本人町跡地」、「ワット・プーカオ・トーン」など、まだまだたくさんの見所がある。


戦場に架ける橋

初めてバンコクへ行く観光客は、たいてい「アユタヤ」と、このカンチャナブリー県にある「クウェー川鉄橋」を選択するだろう。後は「パタヤ」などのリゾート地くらいのものである。
クウェー川鉄橋は映画「戦場に架ける橋」で一躍有名になった。第二次世界大戦中、鉄道建築に駆り出された人々の過酷な日々を描きだした傑作映画である。この橋の最大の特徴は、徒歩で渡ることが出来る点だ。
タイ(10)

ただ、足場がわりと危険で、写真撮影に夢中になっていると下に落っこちてしまうから注意が必要だ。
バンコクからカンチャナブリー、さらにナム・トクと呼ばれる場所までは泰麺鉄道と呼ばれる線路があり、現在でも列車が走っている。

タイ(11)で、僕もここから列車に乗ってみることにした。
洗練された日本の列車とは大違いで、地震でもあれば全壊してしまうような、ともかく古い作りである。
駅名は忘れてしまったけれど、クウェー川鉄橋から数駅の場所まで移動してみた。途中、崖っぷちを通過したり、岩壁すれすれの場所を通ったりとスリル満点であった。


乗車中、僕が座席に座っていると子供達が寄ってきて「絵はがき、安い、安い、友達。」と、しつこかったので購入したわけだが、購入したにもかかわらず、数分後に再び「絵はがき、安い、友達。」である。そんなわけで、落ち着いて座ることが出来なかったので、ずっと写真撮影ばかりしていたのだ。


象使いとイカダ乗り

旅行最終日は、バンコクから車で2時間ほど離れた場所で、象乗り体験をする予定であった。かなり山奥の森林地帯にあって、インターネットで調べて独自で行くことにしてたから、かなり楽しみにしていたのだ。「地球の歩き方」などのガイドブックにも載っていない、マニアックな場所である。

象の背中はかなり揺れる。象使いと一緒に森の中をノシノシと進んでいくと、川へ辿り着く。川の中では象と一緒に水浴びをしている女性もいた。
途中、象使いのおじさんが「400バーツで、お前一人で象に乗せてやるがどうだ?」 と、提案してきたので、こんなチャンスは滅多にないと思い承諾した。やっぱり、象使いが一緒じゃないと少し怖かったけど、写真もたくさん撮ってもらったし、良い経験になったと思う。ズボンが象臭くなったけれど…。
タイ(12)

象乗り体験に続いて、イカダの川下りも体験することにした。
まず、始めにボートとイカダをロープで縛って、上流まで移動する。 1kmほど進んだら、ロープを外して、あとは川の流れとオールに任せて下って行くのだ。

タイ(13)オールでイカダを漕ぐ役が10歳かそこらの少年なのにはびっくりした。タイって、義務教育がない国だったのだっけ?
後から聞いたのだけれど、彼らは元々タイ人ではなく、ビルマ人だったらしい。少年はこの仕事を幼い頃からしているのだろうか、とっても上手に、ピタリと船着き場まで帰還することができた。
僕は少年にチップとして100バーツ渡したのだけれど、少年の親だか、あるいは上司だかが、少年から回収してしまった。ひでえ…。(`Д´)

どうしても少年自身にチップをあげたかったので、彼の連れが見ていない隙に、「これは君自身へ。」と、また100バーツを渡したのだけれど、少年は素直なのか、あるいはそういうしきたりなのか、自ら連れのおじさんに100バーツを渡してしまった…。くそー。


バンコクのナイトスポット

最後に、バンコクの夜遊びについてちょこっとだけ書いておこうと思う。
観光客がタイのナイトライフを楽しむ場合、ジャンル的には大きく3つくらいに分けられるだろう。ショッピング、ショー鑑賞、それからゴーゴーバーだ。まずはショッピング。写真は『パッポン通り』という、世界的にも有名なナイトスポットである。昼間はひっそりとした通りも、夜になるとこのように観光客向けの屋台でびっしりと埋まってしまう。
タイ(14)

売られている商品には、有名ブランドが目立つけれど、もちろん偽物ばっかりだ。一昔前までは、このパッポン通りがゴーゴーバーの聖地だったのだけれど、今ではもう廃れた雰囲気で、どちらかというとショッピングがメインだろう。

タイ(15)2つめの夜遊びとしては「ニューハーフショー」が挙げられるだろう。これはもう両手に花ならぬ、両手にオカマである。やたらガタイの良い女性…じゃなくて綺麗な男性が繰り広げるインターナショナルな催し物で、なかには体格の小さい、小西真奈美にそっくりの女性までいて…、じゃなくて男性までいて、一緒に写真撮影してもらおうと、近寄っていくのだけれど、なんだかドキドキして、結局声をかけられなかった。

頭では「彼らは男性なのだ。」と理解していても、どうしても視覚が女性として見てしまうから…。肩に手をまわすのも躊躇してしまった。情けない…。

バンコクの夜遊び、最後の1つはゴーゴーバーである。ゴーゴーバーとは、早い話が性風俗店である。ストリップクラブに似た雰囲気で、僕達客は舞台の上で踊っている女性を見ながら、飲食を楽しむ。そして、自分の気に入った女の子がいたら、そのままお持ち帰りも出来るという仕組みだ。

もちろん、僕は観光目当てで入店しただけであり、お持ち帰りはしなかったし、というか持ち帰る勇気もなかった。というのも、旅行前にバンコクのゴーゴーバーについて色々と調べたわけだけれど、ゴーゴーバーには本物の女性の中に「オカマ」も混じっていて、区別するのが非常に難しいという怪談があるからだ。

posted by もときち at 23:56 | ABROAD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月11日

タイ王国の冒険(写真篇)

前回に続き、タイ旅行記(写真篇)です。
今回の旅行で印象深かった出来事ベスト3は、象乗り体験、首にヘビを巻いたこと、それからタイ古式マッサージですね。ともかく物価の安さだけは大満足という感じで、観光地自体はヨーロッパに比べてあまり印象に残らなかったような気がします。なんというか、街並みが戦後の日本という感じでした。
 

タイ写真(01) タイ写真(02)
【ワット・アルン】


タイ写真(03) タイ写真(04)
【ワット・ポー(左)とワット・プラケオ(右)】


タイ写真(05) タイ写真(06)
【ジム・トンプソンの家とエラワン・プーム】


タイ写真(07) タイ写真(08)
【ダムヌン・サドゥアク 水上マーケット】

 
タイ写真(09) タイ写真(10)
【ワット・プラ・マハータート】


タイ写真(11) タイ写真(12)
【ワット・プラ・シー・サンペートとワット・ローカヤスッター】

 
タイ写真(13) タイ写真(14)
【泰麺鉄道】


タイ写真(15) タイ写真(16)
【象乗りとイカダ体験】

posted by もときち at 09:47 | ABROAD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月13日

マッサージのすすめ

タイ式マッサージ先日、タイへ旅行した際に「タイ古式マッサージ」というのをやってもらいました。 1時間のマッサージが安い店で300バーツ、高くても500バーツ程度。日本円にして1000円ちょっとです。日本で1時間のマッサージをする場合は、安くても6000円程度かかることを考えると、いかにタイの物価が安いかわかります。写真は「キング&アイSPA」という、わりと格式の高いマッサージ店で、僕にマッサージしてくれたスタッフさんと撮影したものです。

このくらい可愛くて、マッサージの上手な女の子がお嫁さんだったらなあと、ついつい妄想してしまいますねえ。 僕は週に1、2回はプロのマッサージ師さんに肩を揉んでもらっているわけですが、やっぱり出費がでかいわけですよ。でも、自分のお嫁さんがマッサージをしてくれるなら、もちろん無料ですよね。それとも夫婦間でも料金が発生するのでしょうか…。
なにはともあれ、僕は今年の5月に自然胸痛にみまわれて以降、どうも肩が凝るようになってしまいました。肩凝りがこんなに不憫なものだとは思わなかったです。それで、肩凝り・疲労をとるために、あらゆるリラクゼーションを試してみました。もちろん、現在進行中で利用しております。以下に、それらのリストと自分なりの感想を記載していきます。


指圧・マッサージ

一番オーソドックスなものですね。近所のスーパー銭湯にいけば、必ずといっていいほど併設されているマッサージ店も指圧系です。これは指の圧力でツボなどを押して筋肉の凝りをほぐしていくもので、価格の相場は20分2000円、1時間6000円程度です。
マッサージをしてもらった直後は、とても気持ちいいことは保障できますが、凝りの原因を根本から治すものではないので、しばらくするとまた肩が凝ってきてしまいます。


整体

整体に関しては、正直、指圧マッサージとあまり区別がつきません。こちらも指の圧力で、背中やら腰やらを押して凝りをほぐしていくわけですが、整体=体の歪みが整っているという感じはあまりしません。実際は整う作業をしているのかもしれないれど、実感はできないでしょう。価格相場はマッサージ同様、20分2000円程度です。


アロマテラピー

アロマオイルを体中に塗り、体中にある反射区を刺激することで、血液やリンパの流れをスムーズにし、人間が持っている自然治癒力を高めていくというもので、これは超おススメですね。血行が良くなり、体中がかゆくなってくる…、これがまた気持ちいいのです。あるいは、僕の通っているお店が上手なだけかもしれませんが…。価格はマッサージより若干高めに設定されています。


カイロプラクティック

体をボキボキならして、歪みの矯正、姿勢改善をしていきます。肩凝りの根本原因は、悪い姿勢や骨格の歪みにあるという思想があり、肩凝りのみならず、椎間板ヘルニアや自律神経失調症、鬱病などにも効果があると言われています。で、僕も10回くらい試してみたわけですが、ヘルニアはともかく、自律神経失調症や鬱病に効果があるとは思えないですねえ…、残念ながら。
価格相場は1回の施術が4000円程度。残念ながらカイロプラクティックの骨格矯正(ボキボキ)自体は数分で終わってしまいます。ようするに数分間4000円という割に合わない値段なわけです。
そんなわけで、カイロ治療院は施術時間を長く演出するために「気功」や「電気自動マッサージ器」を取り入れているお店もあります。まあ、それでも骨格バランス、歪みの矯正、姿勢改善には一番効果があると実感できるのはカイロプラクティックでしょうね。


針灸

体にある経穴という部分に針を刺して、気の流れ(?)に作用して、肩凝りなど体の痛みを軽減していくという漢方的療法です。針灸で使う針は、注射針よりもさらに細く、刺されるときの痛みはほとんどありません。ただ、肺などの臓器周辺に刺されるときは多少の恐怖感があります。 実際に、針を深く刺しすぎて肺にまで到達し、亡くなってしまった方もいるくらいですから…。
価格は1回4000円程度、カイロプラクティックとほとんど同じです。ただし、針を刺したまましばらく放置(あるいは電気を流す)ので、40分4000円程度と考えたほうがいいかもしれません。


ところで、慢性疾患・疲労性疾患など、どのような症状に対しても「捻挫、打撲」などの保険適応名をつけて保険請求をする整骨院を、僕はかなり見てきました。
肩凝りで診療したにも関わらず「これ、保険適応になるから腰痛ということにしておきましょう。」 なんて、勝手に疾患部位まで変えてしまいます。本来の施術以外に無資格者でも扱える「電気マッサージ器」を設置して、保険診療で稼ごうとしている店もあるので注意してください。

posted by もときち at 13:10 | HEALTH | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月14日

温泉療養のすすめ

最近、随分と「入浴」にこっています。齢をとると風呂が好きになるというのは、本当みたいですねえ。
僕は(マッサージ目当てで)週1のペースで近所のスーパー銭湯に通っていますし、温泉にも比較的多く行くほうです。そういえば長野県は温泉大国。野沢温泉、湯田中、別所温泉、白骨温泉と、全国的にも有名な温泉地が数多く存在しますね。温泉は、湯質によって様々な治癒効果があると言われています。神経痛や消化器疾患を良くしたり、もちろん「肩凝り」にも良いとされています。
下記は僕がよく利用している温泉施設の一覧です。基本的に、長野市内から車で1時間程度、あるいはそれ以内で行けるもののみをピックアップしました。本当は別所温泉や戸倉上山田も好きなんだけど、ちょっと遠いですしね…。ちなみに「湯っ蔵んど」や「湯ったり苑」などのスーパー銭湯を「温泉」と呼ぶのは邪道な気がするので外してあります。


小布施温泉小布施温泉
写真は「穴観音の湯」の露天風呂。内湯もあり鮮やかな白色(じゃっかん緑色)の循環湯です。自宅から近いということもあり、僕が最も頻繁に利用している温泉でもあります。湯に浸かった後、小布施の町で「栗おこわ」を食べるのが最高の贅沢。


山田温泉山田温泉
写真は山田温泉の「大湯」外観。屋内は「ヒノキ」造りになっていて、これぞ温泉という感じ。 お湯が熱くて、僕は長く浸かることができません。紅葉の季節になると山田温泉は観光客でごった返しです。


五色温泉五色温泉
写真は「五色の湯旅館」の野天風呂。山田温泉からさらに奥へ進んだところにあり、天候などの変化によりお湯の色が5色に変化することから、この名前がつかれらました。
僕は1色しか見たことがありませんが…。ちなみに野天はぬるく、内湯はめちゃくちゃ熱いです。


七味温泉七味温泉
写真は「紅葉館」の露天風呂。その名の通り、紅葉の季節になると露天からの眺めが素晴らしいです。名物は「洞窟風呂」ですが、これは男女入替制で、僕はまだ入浴したことがありません。紅葉館周辺にも「山王荘」やら「恵の湯」やら、たくさんの温泉が点在しています。


松代温泉松代温泉
写真は「松代荘」の内湯。自宅からも比較的近い位置にあり、よく出かけます。茶色のお湯は鉄の錆びた臭いがプンプンして、治癒効果が高そうな気がします。浴槽の床がゴツゴツしているから、擦り傷をつくらないように注意。


posted by もときち at 08:50 | HEALTH | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月16日

為替の基本

最近はニュースでやたら「円高、円高」と騒がれていますね。 「このまま円高の状況が続いていったら日本経済は潰れてしまう。」とか。
そもそも、円高や円安になるといったいどういうことが起こるのでしょうか。 僕達の生活にはどういった影響が与えられてくるのでしょうか。今回は外国為替の基本中の基本を、子供にもわかるような内容で書いていきたいと思います。

日本では「円」という通貨が使われていること、アメリカでは「ドル」という通貨が使われていること、あるいはヨーロッパでは「ユーロ」が、イギリスでは「ポンド」という通貨が使われていることはご存知だと思います。日本で買い物をするときは「円」を使いますが、海外旅行などでアメリカに行った時に「円」で物を買おうとしても断られてしまいます。そのために、僕達は円をドルに両替するわけです。
このように、円をたくさんドルに両替する人がいるということは「円よりもドルの方が欲しい」という意思の表れですよね。つまり、円の価値が下がりドルの価値が高くなる…、簡単に言うとこれが「円安ドル高」です。
一方で、アメリカ人が日本へ旅行したいとき、ドルを円に両替すれば逆のことが起こります。「ドルよりも円の方が欲しい」という意思の表れは、ドルの価値が下がり円の価値が高くなるということ、つまり「円高ドル安」になるわけです。
円安とは、円という通貨が世の中に不要なくらいジャブジャブ溢れている状態。円高というのは、円という通貨が世の中にあまり出回っておらず、みんな喉から手が出るほど欲しい状態なんですね。

僕達が日本円をドルに両替するときは、銀行へ行ったり、あるいは空港の両替所へ行ったりして、「この日本円をドルに両替してください。」と頼みます。しかし、この時1ドルもらうのに何円必要なのかは、その時になってみないとわかりません。今日は1ドルもらうのに80円必要だけど、明日は1ドルもらうのに100円もかかってしまう。 1ドルもらうのに日本円でいくら必要なのか…、というレートは毎日変化しているのです。
ここで質問。今日は1ドルもらうのに100円必要、明日は1ドルもらうのに80円必要と言われたとき、あなたは今日いますぐに日本円をドルに両替しますか? …しませんよね。 明日まで我慢すれば20円得した気分。たった20円の差益ですが、これが1ドルではなく100ドル両替するとしたらどうでしょう。今日は100ドルもらうのに10000円必要ですが、明日まで我慢すれば8000円で済んでしまうわけです。
繰り返しますが、前者のように円を沢山払わないとドルがもらえない状態…、円の価値が低い状態を円安と呼び、後者のように少ない円でたくさんのドルがもらえる状態…、円の価値が高い状態を円高と呼びます。

ともすれば、僕達個人が海外旅行をする時、あるいは海外製品を購入するときは、少ない円でたくさんのドルと交換できる円高状態の方がお得のような気がします。しかし、日本人にとって、円高って良いことばかりではないのです。
たとえば、日本を代表する自動車メーカーのトヨタ。トヨタは世界の市場へ、たくさんの自動車を輸出販売しています。アメリカのドラマを見ていても、よく「プリウス」とか「レクサス」を目にしますね。トヨタやソニーなどの企業が、なぜあそこまで大きくなれたかというと、アメリカなどの外国人がたくさん製品を購入してくれたからなんですね。日本人口なんて1億人規模ですからたかが知れています。トヨタやソニーは、日本国内にとどまらず、アメリカという巨大な市場を求めていわたけです。
さて、トヨタがアメリカへ1000万円で自動車を売るとしましょう。本日の為替レートは1ドル100円。つまり、アメリカ人は10万ドルでトヨタ車を購入できるわけです。ところが、明日の為替レートは1ドル80円、昨日よりも20円の円高…。アメリカ人が1000万円のトヨタ車を購入するのには、12万ドル以上かかってしまうことになります。ようするに、円高になると、アメリカ人は日本の製品が高くて買えないような状況になってしまうわけですね。
普段何気なく聞いている経済のニュース。「今日は1ドル80円、昨日は1ドル81円。」というたった1円の差であっても、トヨタやソニーなどの輸出企業にとっては、経営上の大問題になったりするのです。
もちろん、円高によってダメージを受けるのは輸出企業だけではありません。国内産業だって海外からの輸入商品と競合しているわけです。たとえば円高によって海外からの輸入作物が大幅に安くなれば、当然国内の農家は苦しむことになってしまいます。

僕が子供の頃は、もっと(日本銀行が)お札をたくさん刷って、みんなに配ればみんなお金持ちで幸せになれるじゃないか! …なんて思ったものですが、たくさんお札を刷って、日本人全員が年収1億円になれば、今の10倍裕福な生活が出来るかといったら、そうではありません。今の10倍の量のお札を刷ったとしても、世の中の商品や娯楽も同時に10倍の量になるわけではないですよね。食品はもちろん、家電製品や生活雑貨にしたって、そんな爆発的に生産量が増えるわけではありません。つまり、お札をたくさん刷るということは、商品の数はたいして増えてないのに、お金の量だけがどんどん増えていくという状態なわけです。だから、お金の価値が下がっていき、それに合わせて商品の値段はどんどん上がっていきます。みんなが年収1億円になっても、吉野家の牛丼だって1杯3000円になってしまいます。

ところで、現在アメリカが行っている為替政策は、まさにこの「たくさんお札を刷る」というやり方なのです。
アメリカはドル紙幣をたくさん刷って、世の中にジャブジャブ溢れさせようとしています。ドルをたくさん刷れば、ドルの価値が低くなる、つまり円高ドル安になりますね。最近ニュースで騒がれている円高の一因は、アメリカがたくさんお札を刷っていることにもあるのですね。
しかし、アメリカはいったい何故そんなことをしているのでしょうか。
理由のひとつに、アメリカという国が中国や日本といった外国に対してたくさん借金をしているというのが挙げられます。自らドル紙幣を供給することで、自国の借金を目減りさせようという考えです。あるいは、ドル紙幣を刷るだけ刷っておいて(他国に握らせておいて)、ある日突然「アメリカは今日からドル紙幣をやめて、新しい通貨にすることにします。だから、みなさんが持っているドル紙幣は使えません。」という反則技を発動するんじゃないか? …なんていう黒い噂まであるくらいです。

 
posted by もときち at 12:59 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月17日

国家破産、あるいは初心者のためのハイパーインフレ入門

最近は、日本の財政破綻ブームらしいです。
書店にいくと「2012年日本国家破産!」だとか「日本破滅まであと5年!」みたいなタイトルの本が山積みされております。「国家破産」や「財政破綻」というキーワードでGoogle検索してみるのも面白いですね。
「いつ国家破産が起こるのか。」とか「日本が国家破産する可能性。」とか、ノイローゼ的な検索候補がずらりと並んでいます。
国家破産

経済は人間の感情(心理)で動いています。以前、LTCMが破綻した時もそうでした。LTCMはマイロン・ショールズやロバート・マートンといった経済学者が中心となった、いわば資産運用のドリームチームみたいなグループで、ノーベル賞まで受賞しています。 LTCMは、簡単に言ってしまうば、人気が高く割高な商品を空売りしていたわけです。彼らが空売りする理由は、ようするにこの商品は本来の実力よりも過大評価されていて、いつか値下がりするだろうと予測していたからです。ノーベル賞受賞の天才たちがそう言うのだから間違いありません。
ところが、起こるはずがないとされていた「ロシアの国家破産」が起こってしまい、LTCMの運用は全て裏目に出てしまいます。日本の国家破産も、冷静に分析してみると「起こるはずがない」ように思えてしまいますが、果たして本当にそうなのでしょうか…。まあ、僕にはわかりません。

書店では「破綻する派」と「破綻しない派」の壮絶なバトルが繰り広げられていますね。「破綻する派」には、辛坊治郎・浅井隆など面妖な論者が並び、「破綻しない派」には、高橋洋一・三橋貴明・上念司といった名前が並んでいます。
書物的に一番面白いのは副島隆彦という人(どちらかというと破滅願望者か?)の著書で、経済予測本でありながら、極上のエンターテインメント小説であるかのようなその幻想的な内容、熱のこもった文体には抱腹絶倒させられます。


この国の表面に出ている知識、情報などの多くは、ウソばかりだ。アメリカに飼育され、洗脳されつくした日本メディア(テレビ、新聞)が垂れ流す捏造情報ばかりである。私は彼らと違って自分のお客様(読者)を騙さない。本当のことだけを書いてきた。私たちが見ているテレビや新聞などはウソつきの山で、ウソ八百のガラクタ知識の山だということを、本当に頭のいい人ならそろそろ気付いている。

… おかしなことに、今年の1月30日の、スイスでのダヴォス会議(世界経済フォーラム。世界の最高支配者たちが一堂に集まるビルダーバーグ会議の表の顔)に、普通は、日本は首相が参加することになっているのに、今年はなんと仙谷由人が日本政府代表として参加している。ここで、奇怪な儀式か何かに参加させられて、仙谷は脳におかしなものを吹き込まれたのだろう。「センゴクよ。今後は、お前が中心となって私たちに、日本の資金をもっと貢げ。いいか」と。<新たなる金融危機に向かう世界:副島隆彦>



*    *    *    *



さてさて、随分と前置きが長くなってしまいましたが、国家破産とハイパーインフレについて考えていきたいと思います。
まず「国家破産」というのは、国の借金が返済できなくなる状態。これは会社も同じで、ようするにデフォルトというのは国家という企業が倒産することなのですね。国家には「国債」という膨大な借金があります。
国債=債券というのは一種の金融商品で、実は僕達一般人も購入できるのです。国が国債という債券を刷り、僕達がそれを100万円で購入したとしましょう。 5年間大事にその債券を握りしめておき、それから5年後、その債券を国に返すことで110万円をゲットできるという仕組みです。ようするに、5年間何もしないで10万円の利益(利息)がでたわけですね。

でも、冷静に考えると、これって国家が借金している状態ですよね。今100万円を貸して、5年後に本当に110万円になって返ってくる保証はどこにもありません。それでも国家だから安心(まさか日本政府が俺の100万円持って、そのまま夜逃げしたりしないだろう)ということなのでしょうか。
最近は「日本国債が暴落する」なんて噂が流布していますから、誰も個人向け国債を購入しようとはしません。挙句の果てに財務省は「国債を持てる男子は女子にモテる」なんて宣伝まで始めてしまいました。
それでも、実際に政府は国債をどんどん刷って、誰かがそれを購入しているわけです。その「誰か」というのは、実は僕達自身なのです。僕達一般人が国債を購入した経験なんて一度もないのに、何故、いつの間に買わされているのでしょうか。答えは銀行などの金融機関にあります。

僕達一般人は、銀行に何百万、何千万というお金を預けています。そして、銀行はその(僕達の)お金を使って、国債を購入しているわけです。ようするに、僕達のお金が銀行に勝手に使われて、国債という借金を背負わされていると言うことなのです。
だって、そうでもしないと、銀行自体に利益がでませんよね。銀行は、企業に利息付きで融資する以外にも、国債を購入して地道にコツコツと小銭を稼いでいる金融機関だったりします。そんなわけで、銀行の店舗自体には現金があまりありません。だから、銀行強盗してもあんまり意味がないのです。


今はまだ郵便局や銀行に国民の貯蓄がたくさんあるので、誰かが多少現金を引き出しても、銀行や郵便局が、その預貯金で買った国債をまとめて売る必要がないからです。
ですがもし、個人が一斉に金融資産を取り崩して消費を始めたらパニックです。預貯金の残高が急減して、銀行も郵便局も国債を買う余裕を失います。持っている国債も売らなければなりません。
…新しい国債が売れなくなれば、政府は満期の来た国債の払い戻しが出来なくなります。なぜなら現在、毎年支払期限の来る国債のために、新たに国債を発行してお金を工面しているからです。「期限の来た国債を払い戻せない」=「国家財政の破綻」です。<日本経済の真実:辛坊治郎>


国家は今どうしても100万円の現金が欲しい。だから「5年後に110万円にして返済するからこの国債を100万円で買ってくれ。」と言って、A銀行がそれを購入します。 それから5年後、国家はA銀行に110万円を返さなければなりませんが、実はお金に余裕がなく、返済するあてがなくなってしまっていたのです。
だから、国家はこう言いました。「5年後に220万円にして返済するから、200万円でこの国債を買ってくれ。」と。それで、国家は200万円の現金を手にしたことになります。新しく手に入れたこの200万円の中から、A銀行に110万円(前5年分)を返済するというのです。
ようするに、古い国債の借金を返済するために、新しい国債を売ってその場しのぎをしているわけだから、新しい国債が売れなくなれば倒産するのは当然と言えば当然なんですね。

そして「破綻する派」は、国家破産とハイパーインフレはセットでやってくると言います。ようするに、国が借金を帳消しにするために(現在アメリカが行っているように)紙幣をたくさん刷って、円をジャブジャブ溢れさせるというわけです。円の価値が低くなると、当然物価は上昇していきます。たとえば、つい最近ではジンバブエという国が2008年に年間230万倍のインフレを経験しました。こうして、人々はトランクに札束を詰めて、買い物へ行くようになります。今朝、牛丼が3000円だったものが、夜になったら30000円になっていた…、これがハイパーインフレの世界です。(※実は、日本も戦後に一度これを経験しています。)
しかし、今の日本で本当にこんなことが起こりえるのでしょうか。「破綻しない派」の論客は、これらの破滅願望に対して冷静に反論していきます。


【無理やり破綻させようとしても、逆に日本経済は復活してしまう】
国家破産のホラーストーリーを語る国家破産論者の最大の問題点は、「日本が変動相場制の国であること」を完全に忘れている点です。

… ということは、もし外国人が45兆円の円売りをしかけてきたら、テイラー=溝口介入の1.5倍の規模なので、だいたい30%くらい円安になることが予想できます。 2010念8月31日現在、1ドル83円前後です。これが30%円安になると、1ドル=110円前後の円安になります。
現在、日本の輸出産業は円高に苦しんでいるので、もし為替レートが一気に円安になれば、逆風が一気に追い風に変ることになります。海外での売上が、何もしなくても30%増加することになるからです。まさにいいこと尽くめです。
国家破産を煽りまくっている人たちの主張は、「国家が破産しそうだ。だから今すぐ増税しろ!」ということです。最後に「増税」という結論に導くための前提が「国家破産」という非常時なのです。前項でお話ししたように、日本人を洗脳して思考停止させるためには「非常時だから」というニュアンスを含んだ言葉が必要です。<日本は破産しない!:上念司>


それでも破綻とハイパーインフレが不安な人は「実物資産」に手を出すことになります。その代表格が「金地金」などの貴金属でしょう。ところで、金地金を購入するときには、身分証明(氏名&住所)が必要なことはご存知ですか。もちろん、税務署は金地金購入者をリストアップ、把握していることでしょう。国家は全てお見通しというやつです。そして国家破産、ハイパーインフレなんていう非常時になれば、金地金も国家に没収されかねません。「金地金+没収」でキーワード検索してみるとよいでしょう。
そんなわけで「生き残るため」の最終手段は、日本という国を捨てて、比較的安全な、のんびりした国へ移住することが一番だという結論に至ります。うーん、英語力って大切ですねえ…。

 
posted by もときち at 20:26 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月20日

マルクス入門


資本論 1 (岩波文庫 白 125-1) [文庫] / マルクス (著); エンゲルス (編さん); 向坂 逸郎 (翻訳); 岩波書店 (刊)一昔前までマルクスの『資本論』は、アダム・スミスの『国富論』とともに、経済学部生の必読書だったらしいが、今ではマルクスを原典で読む学生はほとんど消滅してしまったという。だから、かつては常識であったマルクス経済学のイロハを知らない学生が増えているらしい。僕自身も『資本論』を通読したことはなくて、拾い読み程度しかしたことがないんだけど。 (同様に『失われた時を求めて』も通読は不可能である…。)
不景気、経済の不安が囁かれ始めると、決まってマルクスやケインズといった経済学の古典が注目されるようになる。


商品はまず第一に外的対象である。すなわち、その属性によって人間の何らかの種類の欲望を充足させる一つのものである。これらの欲望の性質は、それが例えば胃の腑から出てこようと想像によるものであろうと、ことの本質を少しも変化させない。ここではまた、事物が、直接に生活手段として、すなわち、享受の対象としてであれ、あるいは迂回をへて生産手段としてであれ、いかに人間の欲望を充足させるかも、問題となるのではない。<資本論:マルクス:向坂逸郎訳>


「資本論」は序盤からこんな感じである。マルクスの著作は、小難しい表記が多く、これらを把握していないと、最初のうちは読み進めていっても意味がわからないのだけれど、実は慣れてしまうとあまり苦にならない。抜粋した文章内の「商品」というキーワードも、マルクスの著作を読み進めていくうえで、最も重要なキーワードのひとつである。
それが書物であれ絵画であれ、「モノ」が商品として売買されるのは、それになんらかの「価値」があるからである。そして、その商品の価値は、その商品が生産されるためにつぎ込まれた「人間の労働量」により決まる。多くの人間が、多くの時間を費やし生産された商品は、それだけ価値が高いし、一方で、少ない人数で簡単に、少しの時間さえあれば生産できてしまうような商品は価値が低い。

さて、商品が生産されると次に「交換」が始まる。 A君は自分の畑で「野菜」という商品を生産し、B君は狩りによって「肉」という商品を調達してきた。 A君がB君の商品を欲し、B君がA君の商品を欲した場合、そこに「野菜」と「肉」の物々交換が生まれるわけだ。そして、ある時点でA君が野菜を栽培するまでに費やした労働量、B君が狩をして肉を調達するまでに費やした労働量それぞれを、数値に置き換えることにした。それが「価格」であり、同時に「貨幣」が生まれたのである。

貨幣の発生は必然的なものだった。 たとえば、B君は自分の持っている商品を何か別の商品と交換しようと思っていた。もちろん、自分の欲しいものである。だから、B君は自分の持っている「肉」と見合うだけの使用価値がある商品でなければ満足がいかなかったわけだ。ここでA君が自分の「野菜」とB君の「肉」を交換してくれないかと申し出るわけだが、B君はそれに応じない。何しろこの「肉」は、命の危険をおかして、やっと手に入れた貴重な商品なのだ。畑でぬくぬくと生産されている「野菜」なんかと釣り合うわけがない。こうなると、2人は「自分の商品を別のものに交換したい」と思っているにも関わらず、意見が一致せず交換は永遠に成立しない。
物々交換にはこのような弱点があり、だから「商品」と「商品」の間には「貨幣」が入らなければならなかった。すなわち、貨幣とは交換=商品流通の手助けをする存在なのだ。このことから、貨幣にはまるで全ての商品の価値を計れる絶対的なものとして認識されるようになった。マルクスはこれを貨幣の「物神的性格」などと呼んだ。

交換経済がもう少し発展すると、商売が生まれてくる。商売の基本は「利益を生み出すこと」である。 100円の材料を使い生産された商品には、確かに100円分の価値があるのだが、その商品はなにも材料のみで自然発生したわけではない。それを生産するための労働力なども加算し、120円の価格で販売しなければ「利益」は出てこないのだ。この商品120円から材料100円を引いた20円分の価値を、マルクスは「剰余価値」などと呼んだ。剰余価値は商品を生産する過程でのみ発生する価値なのである。

ここで「資本家」と「労働者」という2種類のタイプが生まれてくる。資本家とは、まあ簡単にいってしまえば会社の社長であり、労働者とは社員である。
あるとき資本家タイプのB君は、もっと多くの「肉」を生産するために、たくさんの人間を集めて狩猟団を結成した。大勢で徒党を組んで狩りをすれば、命を落とす危険性も低まるし、より多くの獲物をゲットできると考えたからだ。もちろん狩猟団のリーダーはB君であり、彼は狩猟で獲得した「肉」を村の人々の販売し、多くの貨幣を手に入れた。そしてB君は狩猟団のメンバー全員に、取り分として少しずつ貨幣を分け与えた。そう、B君こそが「資本家」であり、狩猟団のメンバーこそが「労働者」である。
だが、しばらくするとB君の狩猟団に予期せぬ事態が起こる。隣の村から新しくC君という資本家がやってきて、B君よりも安く「肉」を販売し始めたのだ。いわゆるライバル企業の登場である。 C君が、なぜB君よりも安く「肉」を販売できるかというと、彼は狩猟なんていう原始的なことをやめて、牧場で牛や豚などの食用肉を大量生産していたからだ。しかも、狩猟団のようにたくさんのメンバー(社員)を募ることはない、牧場を管理する数人程度の労働者を雇えば事は足りてしまうのである。
B君は焦って、自分も牧場経営型の食肉販売を始めることにした。そして、ここで初めて「リストラ」という行為が行われる。今まで何十人もの狩猟団メンバーを雇ってきたわけだが、牧場管理にはそんな多くの労働者は不要なのだ。

このように、ライバル企業に差をつけて、自分の会社だけもっともっと多く利益を出そうとする行為は、必然的に「失業」へと繋がっていくのである。経済が発展すると新しい技術・機械が発明され、「肉」や「野菜」に限らず、あらゆる商品の生産活動が自動化=機械化されていく。今まで手作業で生産していた商品。それをもっと安価な労働力で大量に生産するためには機械の導入が必要だ。資本家は「機械」を雇い、人間という労働者の職を失くしていくのである。そう、労働者の最大の敵は「技術の進歩」なのだ。
技術の進歩により失業者が増えるということ、それは「貨幣」を持っている人間の総量が減少することを意味する。つまり、資本家は自らの商品を売りたいがために生産の機械化をし(失業者を増やし)、自らの商品を購入してくれる世の中の消費者も同時に減らしてしまっている。
どうやら、資本主義は必然的に「破滅」へと向かうように決定付けられているかのようである。 元々は、利益を追求するためにしていた行為=技術の進歩が、この世界ではまったく逆効果に働いてしまっている。
マルクスはそこに「資本主義の矛盾」があるといった。

posted by もときち at 10:47 | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2010年11月23日

1968

1968年は、世界史を画する歴史的ターニングポイントであると言われ、パリにおいては「五月革命」と呼ばれる民衆の反体制運動が勃発し、世界的学生動乱の拡大に大きな影響を与えた。この時期には、フーコー、ドゥルーズ、デリダといった、そうそうたる顔ぶれの思想家達が登場し、それぞれが後に代表作となる著書を上梓している。ビートルズの人気絶頂期もちょうどこの頃。日本ではそれから2年後に、三島由紀夫が割腹自殺をした。

1968年、それは「マルクス」が神のごとき色彩を放っていた時代でもあった。地球上で次々に市場を拡大していこうという資本主義に抵抗する若者たち、それが60年代のマルクス主義である。現在、団塊の世代と呼ばれる大人達がまだ学生であった頃のことだ。
大学における全共闘運動、ベトナム反戦運動といった過激なデモ。さらに70年代になっても「よど号ハイジャック事件」や「浅間山荘事件」など、マルクス原理主義の若者達による暴動は幾度にわたって発生した。ある一つの宗教や思想、物の考え方を100%信じる人間のことを「原理主義者」と呼ぶ。イスラム原理主義などと、その呼び名を聞いたことはあるだろう。原理主義は、自分達の信奉する思想を100%正しいと信じて疑わないため、時として「聖戦」などと称して、無実の一般人を巻き込むテロを仕掛けたりする。たとえば「よど号ハイジャック事件」も、赤軍派と呼ばれる原理主義者たちが引き起こしたものである。
現在では信じられないような話だが、当時は旧ソ連や北朝鮮といった社会主義の国に憧れる日本の若者達が後を絶たなかった。社会主義というのは資本主義の対極に位置するシステムであり、日本の若者達は、日本にも社会主義が定着すれば、誰もが豊かになり、貧富の差がない平等な世界が実現するのだと100%思い込み、それらが60年代後半の過激なデモに発展していったわけだが、その中でも象徴的だったのが1970年3月に起きた「よど号ハイジャック事件」なのだ。
赤軍派のメンバーが羽田発の日本航空「よど号」をハイジャックして北朝鮮へと亡命したのである。彼らは北朝鮮に行けば、そこには理想の社会があるのだろうと信じて疑わなかったゆえ、無実の一般人を巻き込んだ…、原理主義のやり方である。もちろん、彼らの夢はやがて崩壊する。

近代史において、自由主義は全体主義と共産主義を相手に闘争を続けてきたが、第二次世界大戦で全体主義が敗北し、 90年代に至っては旧ソ連の崩壊で共産主義が敗北した現在、歴史は自由主義の勝利を持って終わったのである。
冷戦に勝ち抜いたアメリカ側が自由主義の「勝利宣言」をしたこの時点で、1968年の思想は完全に残滓となり、全共闘運動も、それに関わった若者たちも、人々の記憶から忘れられていった。

―1968年は、歴史という「大きな物語」が存在した、最後の時代であった。
マルクス主義という言葉が生きていた時代。哲学という学問がまだ有効であった時代。しかし、歴史は行き詰まり、現在は「ポスト・モダン」と呼ばれる時代へと突入したわけだ。
ジャン=フランソワ・リオタールは、進歩の先には必ず幸福があると信じていた、そんな「大きな物語」は終わったのだと 『ポスト・モダンの条件』 のなかで語っている。だからこそ「1968」はかくも魅力的な数字として、大きな物語を知らずに生まれた僕の心をとらえて放さない。


Just lying in a bar with my drip feed on
talking to my girlfriend waiting for something to happen
I wish it was the sixties
I wish I could be happy
I wish, I wish, I wish that something would happen.

<Radiohead : The Bends>


posted by もときち at 12:53 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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