2009年10月02日

仕事するのにオフィスはいらない


仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書) [新書] / 佐々木 俊尚 (著); 光文社 (刊)
かつて、サラリーマンが「社畜」と呼ばれていた時代があった。会社に人生を捧げ、自由を奪われた奴隷的な存在。毎朝、眠たい目をこすり、満員電車にゆられて出勤する退屈な日常。ところが、昨今の不景気に相俟って、非正規社員やフリーターがクローズアップされ、現在においてはその退屈な日常を手に入れること(正社員になること)こそが、理想の人生になってしまった。
企業の正社員は、人生のリスクを会社という一点に集中させている点で危うい。しかし、その中でも金融業、あるいはITベンチャーなど高度な専門性を持つ人間は、自分の能力が「正社員の賃金制度に収まりきらない」ことを熟知しているため、自ら契約社員や嘱託といった非正規雇用の道を選び、彼らは複数社の名刺のもとリスクを分散している。いまや、歴史ある大企業が倒産しても誰も驚かなくなった。会社という他人の船に乗っていては、他人の船とともに沈んでいくだけなのだ。

 
いまだに「会社員は会社にいてナンボ」と言ってはばからない管理職は、どの企業にもいます。彼らは、「社員を監視することこそが自分の業務」と変な勘違いをしていて、自分達の目の届かないところに部下が行ってしまうことを極度に恐れているのです。
ノマドワークスタイルには、会社の上司や同僚の「目」はありません。
だから仕事をさぼって「2ちゃんねる」を読んだり、友達のミクシィ日記をのぞいたりしていても、誰にも怒られません。ヘッドフォンしてユーチューブを見始めると、すっかり夢中になって、仕事はどこかへ行ってしまって…ということになってしまいます。
だから自分のアテンションをどうやってコントロールし、注意が散漫になってしまわないよう仕事に集中できる気持ちを作り出せるかどうかが、実は最も重要な課題なのです。<本書>

 
インターネットのおかげで、労働時間や勤務場所といった縛りは薄れ、我々は流動的な仕事が出来るようになった。こうなると、優秀なクリエイターを職場に1日中縛りつけ、能力の違う仲間達と同調させるよりも、彼を縛る鎖を解き放ち、その能力を十分に発揮させたほうが、社会のためにも彼自身のためにもなる。
21世紀のビジネススタイルは、能力のある/専門性の高い人間が、自分自身をITにより武装化し、ノマド(遊牧民)、すなわちフリーエージェントとして活躍する時代になるだろう。
 
 
いくつものベンチャー企業を経験してきた彼は、個人と組織は対等な関係だと考えています。その考えは、まだ20代の会社員だったころも、執行役員になってからも変わりませんでした。「いつでも会社を辞めてやるよ」と思っていて、でも会社から「辞めないでほしい」と考えられているような会社員、そんな会社員であるべきだと、新野さんはずっと考えてきたのです。これはまさにノマドワークスタイルそのものと言ってよいでしょう。
とはいえ、そうなるためには自分自身の能力を磨かなければなりません。いつフリーになっても大丈夫という裏付けがなければ、社員と組織の関係は対等にはなっていきません。<同>

 
自分の購入した洋服やコスメなどを YOU TUBE で紹介する商売をしているブレア・ファウラーさんは、まだ16歳の女性である。商品を魅力的に紹介できるプレゼン能力さえあれば、普通の女子高生が彼女のように一躍有名人になることも夢ではない。
「IT」はクリエイターを拘束する「会社」という鎖を断ち切る武器なのだ。
 
 
posted by もときち at 19:38 | INTERNET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月05日

税金の基本

テレビのニュースで連日のように議論されている増税の問題。もちろん、増税に賛成の国民なんてあまりいないだろう。とはいえ、政府も国として国民に必要不可欠のサービスを提供するために、ある程度のお金が必要なのは仕方ないことであるし、我々もただ一方的に減税ばかりを求めることもできない。
 
政権交代前、鳩山代表は消費税の引き上げについて「4年間は上げない」という明言のもと、マニフェストを掲げてきた。しかし、一方で日本の財政赤字は危機的状況に陥っている。
民主党が公約通りに増税をしないということであれば、政府はそれを「国債」で、いわば国が国民に借金する形で埋め合わせるしかないのだが、裏付けのない借金を果たして国民が認めるかどうか。最悪の場合は国債の価値が暴落するかもしれない。そして、国債が暴落したらどうなるかというと、まず日本のメガバンクと郵貯が次々に潰れていくという事態が起こる。そんなことが起きたら日本国内だけの問題にとどまらず、一気に国際問題に発展してしまうので、どうしても政府は(見栄を張ってでも)国債暴落を阻止しなければならない。だから、最終的に政府はこの財政危機にどう対処するかというと、やっぱり「増税」しかないというわけだ。
 
いま、日本の消費税は5%である。ようするに100円の商品を購入すると5%の消費税が加算されて105円になるということ。これが消費税20%になると100円の商品が120円になり、こうなると誰も物を買わなくなってしまう。消費税の引き上げは、間違いなく国民の購買意欲を減退させ、生活水準を下げることになるだろうから、みんな、それにビビッて身動きがとれずにいるのだ。
景気というのは「お金の流れ」である。不景気になると、みんな自分の将来が不安になって財布のひもが固くなり、誰もお金を使わなくなってしまう。みんながお金を使わなくなるということは『あなたの働いている企業の商品が売れない』と同義である。(あなたの働いている)会社が作った商品が売れなくなると、(あなたの)会社は倒産してしまうだろう。そして、失業したあなたはお金を使わなくなり(使えなくなり)、あなたのような失業者が増えると、世の中のお金の流れはさらに悪くなっていってしまう。
このように、景気というのは『自分+企業+購買者』全てが繋がっていて互いに循環している。ようするに、みんなが“潤う”には、もっともっとみんなが「お金を使えばいい」のだけれど、なかなかそうはいかない。将来が不安だから、みんな財産を貯蓄にまわしてしまうわけだ。なかなか難しい問題である。
 
現在、日本では所得税・法人税、そして消費税が大きな財源になっていて、政府にとってはこれら3税収がほとんど全てと言っても過言ではない。ところで、政府がどうしても多額の税金を徴収しなければならなくなったとした場合、いったいこの3税収のうち、何を増税すればよいのだろう。
もしもあなたが定年退職後の高齢者か、あるいは職に就いていない若者ニートであったなら、迷わず『法人税』とするだろう。法人税というのは会社の利益に対して徴収される税金だから、法人税が引き上げられたところで、働いていない連中にとっては痛くも痒くもない。では、あなたがサラリーマンであった場合は…?実を言うと、会社経営者を含めたサラリーマンは『所得税』と『法人税』を出来る限り低くして、逆に『消費税』を20%くらいにしてもらったほうが断然お得なのだ。消費税の引き上げはフェアである。なぜなら、消費税は唯一国民全体から平等に徴収できる税金だからだ。
 
もちろん、消費税だって増税しないにこしたことはない。しかし、これが「法人税」の引き上げになったらどうなるか。『日本の法人税は高すぎる』というのが、会社側の共通認識である。事業税率と住民税率を含めた実効税率は40%。その他諸外国は20%程度がいいところだというのに、これでは競争もクソもないだろう。だから、日本で会社をやっていたら損じゃないかということになり、国内の優秀な企業はどんどん海外へ流出してしまうし、現にいまも流出している。ようするに、これからは海外で活躍の出来る優秀な人材のみが生存し、英語も話せない日本人はより一層の貧困を強いられるわけだ。仮に法人税を20%にまで引き下げることが出来れば、企業にも非正規雇用労働者を正社員にする余裕が生まれ、結果として、全ての労働者の賃金も増え税収も増えていく。
以上が増税に関するオーソドックスな認識である。現在のようにグローバリゼーションが進行した世界では、税収を増やそうとして『儲かっている企業から奪おう』とすると、莫大な利益をあげる企業は日本から逃げていき、結果としては税収も下がってしまうのだ。
 
 
posted by もときち at 10:50 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月06日

他人を評価すること

自分が考えている自己評価と会社から与えられている給与・ポストが一致しない。自分はこんなに働いているのにたったこれだけ。あいつはろくに仕事もしていないのに俺よりたくさんもらっている。なんであんなヤツが俺の上司なんだ、絶対に俺の方が優秀なはずなのに!
 
こういった不満と葛藤を日々募らせ、我慢しながら働いている人はたくさんいる。閉塞した現代社会において、ほとんどのビジネスパーソンは給与を(あるいは会社内での役職を)自分の全人格に対する評価のように受け取ってしまう。
この春の人事異動で課長に昇格するはずだ…と、密かに期待をしていたが、その期待は裏切られ、自分ではない他の誰かが課長に昇格してしまった時には、きっとショックを受けるだろう。そして、ある者は会社に忠誠を誓い、ある者は自分を認めてくれない会社に対して不満を募らせていく。自分の実力を認めてくれない会社に対して、彼らはこう言い聞かせるだろう。「自分の能力はまだまだこんなもんじゃない。アンタ達は俺の能力の表面しか見えていない。まわりの連中は気付かないが、俺にはもっともっとすごい才能があり、それに気付かない連中は精神的に浅いだけなんだ。」
 
しかし、上記のような“不満”は、彼ひとりだけが常日頃感じているような不満ではなく、多くの社会人が(口に出さないだけで)同様に感じているものだということを忘れてはいけない。彼はまるで“自分だけがこんな酷い仕打ちを受けている、自分だけが不当に低い評価を受けている”と錯覚しているが、決してそんなことはないのだ。彼と同じように「自分の本当の能力に気付いてくれない世間」に対して憤慨しているサラリーマンは数え切れないほどいるということ。なぜ私ほどの素晴らしい人間が皿洗いなどをしなければならないのか、なぜ私ほどの優れた人間がそれに見合うだけの尊敬を受けることが出来ないのか。正常な大人なら誰しも他者から受ける評価に対しては不当に感じているだろう。
だから、我々は他者から受ける評価の低さを補正するために“まわりの連中には触れることのできない精神の深さ”を強調する。「私のこの深い才能の源泉は、あなた達には決して触れることが出来ない」と。
いやいや、実際に彼はものすごい才能の持ち主であり、おっしゃる通り彼の真の実力に気付かない会社のほうがマヌケなのかもしれない。しかし、残念ながら世間はいわゆる“才能”であるとか“精神の深さ”などというものには1円の価値も認めないだろう。その才能が確固とした“かたち”になって目の前に提示されるまでは…。
 
給与は従業員の“仕事ぶり”を査定して、それらは具体的な数値となって、それぞれに支給されるものである。しかし、その数値を決めるのが結局のところ“人間”である以上、彼の真の実力にジャストフィットした給与など査定できるはずはない。当たり前の話だが、人が人を評価することは厳密には不可能である。にもかかわらず、会社という組織は人が人を評価せずには成立しえない宿命を背負っている。
人間とは社会的な存在であり、我々は社会の中で自分を位置付けられることによって、はじめて自分を実感できるものだ。それはつまり、社会の中にあって自分と他者との間にある差異が明確化されるということである。そして、我々は他者から受ける評価には常に敏感になるものだが、それはあなた一人ではない…ということを忘れてはいけない。あなたを評価をしている彼自身(社長や上司)でさえも、世間から受ける評価に対して、常に不当に感じているものなのだ。その都度、彼らもこう言い聞かせている。「マヌケな世間は、我が社の真の実力に気付いていないだけ」
 
 
※ 自分の「才能」を褒められて嬉しくない男性は存在しない。世の中のほとんどの男性には「俺は才能があり、そこらへんのボンクラよりも優れた存在だ」という自負があるからだ。しかし、世間はまったくそのことに気付きやしない。なぜ俺ほどの才能を持った人間が、それに見合うだけの尊敬を受けることが出来ないのか!…と、彼らは常にフラストレーションを抱えている(笑)
そんなわけで、女性が意中の男性をコロッと落とす方法は「鈴木君ってすごい才能あるよね、普通の人じゃこんなこと出来ないと思う。」という一言につきる。
 
 
posted by もときち at 20:53 | BUSINESS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月11日

恐怖!歯周病

歯が痛い…。そう感じたのは今月、ニューヨーク旅行へいく10日くらい前のことだった。
僕は「虫歯のまま飛行機に乗ると想像を絶する激痛が走る」という噂(事実らしい)を知っていたので、正直ちょっとだけ怯えていたけれど、搭乗前に服用したナロンエース(痛み止め)が功を奏したのか、飛行機による歯痛を感じることは終ぞなかった。
しかし、それでも帰国後に歯痛はぶり返し、僕は歯医者へいく決心をした。
 
「虫歯はないけど、歯周病が進行していますね〜。」 歯医者の先生はそう言った。
…歯周病?そんなまさか。僕があの悪名高い歯周病にかかっているというのか。先生の言うことがちょっと信じられなかった。というのも、僕は毎食後の歯磨きを欠かしたことがないし、おそらく普通の人がそうする以上に、丁寧なブラッシングを心がけてきたからだ。にもかかわらず、僕の歯茎は普通の人の2倍近く痛手を負っているらしく、歯痛もそのため(出血)によるという先生の言である。先生曰く、歯を磨いていると思っていても、実際に磨けていない人が圧倒的に多いらしい。
歯周病を治療するには、ともかく丁寧なブラッシング(とくに歯周ポケットと歯間部位)しかないのだと先生はおっしゃった。おお、歯周病って治るんですか!それは良かった、安心しました。先生から徹底した歯磨きレクチャーを受けた後、看護婦さんに歯石というものを削ってもらった。これは歯の磨けてない部分に歯垢が固まって石塊化?したもので、これを除去するだけで歯周病治療に大きな効果があるのだと言う。気のせいかもしれないけれど、歯石除去後は歯がとても軽くなった気がした。
 
それからというもの、僕は先生の指示通りに歯磨きをして、もちろん歯間ブラッシングもするようになった。意外かもしれないけれど、歯と歯の間に隙間があるのは正常なのだ。だから、人間は本来ならすべての歯と歯の間に歯間ブラシが通るようになっている。しかし、歯間ブラシが通らないようになっている部位があったら注意が必要である。歯と歯の間に隙間がないのは、歯肉が腫れてもりあがっているからであり、それはあなたの歯が歯周病の危険に晒されているというサインでもある。
とまあ、そんなわけで、僕は随分と歯磨きに真剣な男になってしまった。今は歯ブラシ1つとっても、歯周ポケット専用と奥歯専用のタイプを使い分けているし、それに加えて歯間ブラシも欠かさない。さらに、歯磨き後にはGUMのデンタルリンスで歯周病原性破片を完全除去している。…完璧だ。これでしばらくは歯医者さんに行かなくて済むだろう。
 
…いや、まだ「親知らず」の抜歯が残っているか。
 
 
posted by もときち at 14:16 | HEALTH | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月25日

ニューヨークを歩く

「一人で旅行なんかして楽しいの?」 そう聞かれるたびに「わかってないなぁ、キミ達」と思うんだけど。美術館にカップルや団体で来る人達を見るたびに「わかってないなぁ、キミ達」と思うように。絵画などの芸術作品を鑑賞するのに、相手のペースに合わせてたってしゃーないでしょう。旅だって同じだ。どんなに気の合う人と行動を共にしたとしても「ちょっと待っててね」とか、常に相手に配慮しないといけない。けれども、一人旅だと全ての時間は自分の思うがままだ。
…自由。それが一人で見知らぬ地を旅することの醍醐味である。まあ「見知らぬ地」といっても、今回はニューヨークへ1週間行ってきただけなんだけど。

地下鉄から自由の女神(リバティ島)へ

ニューヨーク(01)マンハッタンの地下鉄に切符というシステムはなく、その代わりにメトロカードと呼ばれるカードを購入して、乗車するたびにカードにチャージした金額が引かれていく。一回の乗車で引かれる金額は2ドル程度だから、ロンドンのチューブに比べたら圧倒的に安い(しかも、距離に制限はない)
さて、初日はマンハッタンの南側(ロウアー・マンハッタン)から観ていくことにした。やはり「自由の女神」を見ずにしてニューヨーク旅行記とは語れないのである。僕が宿泊していたホテルはマンハッタンのミッドタウンにあったので、路線1でダウンタウン方面サウスフェリー駅まで進む。そこからフェリーに乗って、自由の女神像があるリバティ島へ。遥か彼方に見えていたブロンズ色の女神像が徐々に近づいてきた。
…おおー、これは (゚Д゚) !


思っていたより小さいぞ。僕の頭の中では、自由の女神像ってものすごく巨大なもんだと想像が膨らんでいたんだけれど、全長50メートルくらいの大きさでわりとコンパクトな印象を受けました。ここでフランスから来た夫婦に写真撮影をお願いする。パシャリ。この像をアメリカに友好の証として贈ったのもフランスだ。パリにエッフェル塔ってのがあるんだけど、エッフェル塔の制作者と同じ技師が自由の女神の制作に加わっているという。

ウォールストリート〜ワールドトレードセンター跡地

リバティ島からマンハッタンに戻ったら、ウォールストリートヘ。世界金融の中心地である。ニューヨーク証券取引所の内部では鐘の音を合図として連日白熱したトレードが行われている。

ちなみにウォール街のウォールと言うのは、マンハッタンに初めて入植したオランダ人が、原住民やイギリス人等から攻撃を防ぐために、この場所に防壁を築いたことからそう呼ばれているらしい。
ニューヨーク(02)


もう1つ、ロウアー・マンハッタンで見ておきたかったのが9.11同時多発テロの被災地となった『ワールド・トレード・センター』だ。ウォールストリートから歩いて数分の場所にある。実はWTCは9.11以前にも1993年に爆破テロの標的になった経緯があり、もともといわくつきの物件でもあった。今は復旧作業の真っ只中で、2012年には全米で最高の高さを誇るタワーが完成する予定だとか。

夕食は世界最強のステーキハウスで

夕食は世界最強のステーキハウスとの異名を持つ「ピータールーガー・ステーキハウス」へ行く予定だったので、昼食抜きでお腹を空かせておく。まだまだ時間があったので、少し北のワシントン・スクエアまで足をのばす。ワシントン・スクエアは昼間っからものすごい人の数である。みんなベンチに座って食事をしたり、ギターを弾いたり、思い思いの昼休みを楽しんでいました。

ニューヨーク(03)ピータールーガー・ステーキハウス(PLS)は、ニューヨークのブルックリンという街にある。日本人旅行客がニューヨークで宿泊する場合はほとんどがマンハッタンなので、PLSは少し距離が離れているけれど、マンハッタン自体が歩いてまわれる規模なわけだから、宿泊先からPLSまで徒歩で行けなくもない。まあ、疲れるから嫌だという人はタクシーで行くか、あるいは地下鉄に乗ってマーシーアベニュー駅で降りればいいだろう(マーシーアベニュー駅からPLSに向かう途中、店舗の大きな看板があるから迷うことはない)


旅行ガイドブックによると、PLSは「ディナーは予約必須」だそうだ。僕がPLSに行ったのは午後4時頃。
店に入ると数人のウェイターがいたので「予約は必要ですか?」と聞いたら「大丈夫ですよ。テーブルにご案内します。」とのことであった。予約なしでもなんとか座ることが出来たわけだ。まあ、それでも空いてたのは2、3席くらいだったけれど。
今回、僕が注文したのは「SINGLE STEAK」である。昼食抜きでお腹を空かせていたから大丈夫だろう…そう思っていたら出てきたのは、ものすごい量のステーキ。日本のファミレスで出されるステーキの3倍くらいの量である。

ニューヨークの象徴、エンパイア・ステート・ビルディング

2日目は主にミッドタウン、マンハッタンで一番賑やかな地域を中心にまわった。早朝から地下鉄に乗りマディソン・スクエア・ガーデンへ移動。マディソン・スクエア・ガーデンは地下にペンシルヴァニア・ステーション、そしてスポーツからサーカス、コンサートなどのエンターテインメントまで、幅広いジャンルのイベント開催場所として知られている。
 
東へ進むとマンハッタンのランドマーク(象徴)とも言えるエンパイア・ステート・ビルディングが見えてくる。ここの展望台からマンハッタンを一望するのだ。エンパイア・ステート・ビルディングの展望台からは近くはクライスラー・ビルディング、メットライフ、遠くはニュージャージー、ブルックリンまで見渡すことができた。
ニューヨーク(04)


ところで、展望台チケット売り場でスーツを着た背の高い黒人が「Japanese?」と訪ねてきた。僕が「そうだ。」と答えると彼は突然「おっぱっぴー!」と叫び「そんなの関係ねえ」のダンスで僕を挑発してきた。やれやれ。僕は仕方なくまわりの外国人観光客が注目するなか、彼と一緒に「そんなの関係ねえ」ダンスをしてあげた。おっぱっぴー。

グランド・セントラル駅〜ロックフェラーセンター

エンパイア・ステートからの景色をみた後、北へと進みグランド・セントラル・ターミナルへと向かう。
この駅は何度もドラマや映画の舞台になっているのでご存知の方も多いだろう。駅の近くにはアール・デコ建築の代表的高層ビルであるクライスラー・ビルディングもある。クライスラー・ビルディングは、てっぺんの尖塔部分が実に印象的だ。もちろんここは、あの自動車のクライスラーに関係していて、もともとはクライスラーの本社ビルでもあった。エンパイア・ステート・ビルディングが完成するまでは、マンハッタンで一番高い建造物でもあったらしい。

ニューヨーク(05)グランド・セントラルからさらに東へ進むと国連本部がある。ここでは5000人ほどの国連職員が働いていて、道路沿いには加盟国の国旗が順にたてられている。

国連本部から、再びミッドタウンの中心部へ戻り、タイムズ・スクエア、ロックフェラーセンターといった、ミッドタウンの中でもさらに人通りの多い区域をブラブラ歩いた。


タイムズ・スクエアは昼と夜とでは全く違う顔(景色)を持っているんだけど、それは後ほど記すとしよう。ロックフェラーセンターは、言わずもかなミッドタウン観光の拠点であり、全長約3kmほどの巨大なショッピング街でもある。
とまあ、マディソン・スクエア・ガーデンからこのロックフェラーセンターまでずーっと徒歩移動だったんだけど、ともかく疲れました。マディソン・スクエア・ガーデンからエンパイアまで徒歩10分、エンパイアからグランド・セントラル・ターミナルまで徒歩10分、グランド・セントラルから国連本部を経由してロックフェラー・センターまで徒歩30分。

巨乳レストラン Hooters へ潜入

Mamma Mia!やオペラ座の怪人などミュージカルで知られるブロードウェイを北上すると、世界でも最も有名なコンサートホールの1つであるカーネギーホールに辿り着く。しかし僕の興味はカーネギーホールではなく、すでに「とあるレストラン」に向けられていた。
カーネギーホールから少し歩いたところに、それはあった。

この写真のレストランは決していかがわしい店ではない。アメリカでは結構有名なチェーン店…。その名も 「Hooters」 だ!
フーターズの何がすごいって。店のウェイトレスが全員美人で、しかもナイスバディ。そんな彼女達がタンクトップにショートパンツという挑発的な制服で、胸をユサユサと揺らしながらテーブルへやってくる。 …と、ここまで書いて「ちょっとエッチな感じのお店」という印象を与えてしまうかもしれないけれど、そんなことは全くない。
ニューヨーク(06)


フーターズは家族連れも多いし、女性客も気軽に入れる、アメリカ国内では有名なチェーン店なのだ。
このコンセプトがいかにも「アメリカ」らしくて、僕は随分とこの店が気に入ってしまった。ただし、日本人が初めて入店するには、ちょっと勇気がいるかもしれない(しかも、僕みたいに一人旅だと尚更…)
食事を終えた後、僕が「あなたと一緒に写真を撮りたいんだけど」と頼むと、彼女は快く引き受けてくれた。なんたって、こっちは図々しい観光客である。とまあ、こんな具合で食事よりもウェイトレスとの談話に夢中になってしまって、料理そのものの写真撮影をすっかり忘れていた。恐るべし、フーターズ!

セントラルパークから夜景スポットへ

ニューヨーク(07)本日はニューヨーカーにとって憩いの場所であるセントラルパークを中心に歩いていく。写真はシープ・メドウという広場で、何十年か前まで実際に羊を放牧していた土地でもある。
平日(今日は水曜日だ!)の昼間っから、みんなキャッチボールをしたり、フリスビーをしたり、
読書をしたりと……アメリカのこういう風景を見ていると本当に落ち着くと言うか…、日本人はいかんせん働きすぎなんじゃないのかと疑問に思ってしまうな。


セントラルパークには「憩いの場」という以外にもいくつかの顔がある。ひとつはビートルズのジョン・レノン縁の地であること。僕が個人的にビートルズのあらゆる楽曲のなかで最高傑作と思っている「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」にちなみ、実際にセントラルパーク内にはストロベリー・フィールズと呼ばれる場所がある。そして、パークの西側にはジョン・レノンが射殺された現場でもあるダコタ・アパート。ここはジョン・レノンとその妻、オノ・ヨーコが暮らしていた高級マンションなのだ。
セントラルパークの東側にはメトロポリタン美術館、そして西側にはアメリカ自然史博物館という、これまたニューヨークへ訪れたなら絶対見ておきたい2大ミュージアムがある。メトロポリタン美術館は、イギリスの大英博物館、フランスのルーヴル美術館と並び、世界でも最高クラスのコレクションを誇っている。

さてさて、マンハッタンは世界でも屈指の夜景都市である。セントラルパークから東へと進み、
地下鉄でルーズベルト・アイランド駅へ向かうとマンハッタンからクイーンボロ・ブリッジを隔てて、そこはナイト・ビューのベストスポット「ルーズベルト島」である。
このルーズベルト島と、ブルックリン、それからエンパイア・ステート・ビルディングの屋上から眺める夜景なんかが最高だと…、旅行ガイドブックはそう訴えていた。
ニューヨーク(08)


日没前、空が薄らと暗くなるころから徐々にマンハッタンのビル群が明かりを灯し始める。まわりはカップルだらけかと思いきや…誰もいやしない。僕が場所を間違えたのか?アイランド駅前に、ちょっとやばそうな兄ちゃんがビラを配っているくらいで、人通りがものすごく少ない。ここは日本人女性の一人歩きは危険かもしれない。そういえば、今回の旅行ではもっと日本人とかアジア系を見かけると思ったんだけど、今のところ全然会ってないな。

世にも危険な?ハーレム地区

今朝も7時に目が覚めてしまった。仕方ないからタイムズスクエア辺りまでブラブラ歩いてみた。早朝だというのに人が多いね、この周辺は。
…さて、本日はロウアー・マンハッタンのちょいと北部にあるソーホーへと足を運ぶ。
ソーホーは基本的にはショッピングを楽しめる地域なんだけれど、ミッドタウンに比べるとさすがに廃れている。世界恐慌の時代以降、この区域は大規模な倉庫街として使われていて、今では家賃が安いために色々な人種の人がこの街に住んでいる。ソーホーから少し南東へ進むとしだいに空気が生臭くなってくる。チャイナタウンだ。
ここでは白人をほとんど見かけなかった。通りには魚、野菜、果物など食材店がずらーっと並んでいて、同じマンハッタンに居ながらまるで別の世界である。僕的には、もっとこう横浜の中華街みたいな雰囲気を想像していたんだけど、それとも違う。なんというか生臭い!!

ニューヨーク(09)場所はかわって、ニューヨークでも治安の悪さで有名なハーレム地区。最近は観光客も増えてきて比較的安全だというけれど、僕の場合はそうじゃなかった。というか、多分ハーレムの中心街じゃなくて、郊外へ迷い込んでしまったからだと思う。135丁目駅で降りた途端、なんとなく空気が違うんだ。
人通りがものすごく少なく、たまに見かけるのは黒人ばかり。しかも、通りを歩いていたら4人の黒人に囲まれて、いきなり「take a picture」を連呼された。 こ、怖い…。


連中は僕のことを観光客だと見抜いていて、写真撮るかわりにチップかなんかを頂戴しようくらいに思っていたのかもしれないが、もうそこまでフォローする余裕が僕にはなかった。こっちは英語を喋れないフリをしてさっさと逃げた。ひたすら歩いて、歩いて、歩いて、そして「コロンビア大学」に辿りついた。ここまで来ると安全地帯ですな。

ショッピングとブロードウェイ・ミュージカル

最終日。マンハッタンの観光場所をほとんど見終えた僕は、ブラブラと買い物でもすることにした。インターネットで調べて、ニューヨーカーの間で人気沸騰中の洋服店アバクロ(トランプタワーの真横にある)などで適当に洋服を購入。
まあ、僕は基本的に服なんて着れれば何でもいいと考えている人間なので、どのブランドが良いとかはサッパリわからんかったけれど。夜はタイムズ・スクエアへと足を運ぶ。
今夜は「Mamma Mia!」を予約しておいたのだ。
ニューヨーク(10)


実を言うと僕はミュージカルにあまり期待していなかった。ニューヨークへ来たら絶対ミュージカルを観たほうが良い…みたいなことを、旅行ガイドブックがしきりに書いていたので「そこまで言うなら…」という程度の気持ちで「Mamma Mia!」の席を予約しておいたわけだ。
期待は良い方向に裏切られた。「I have a dream …」 1人の女性の歌声からこの物語は始まる。「Mamma Mia!」自体はお涙頂戴の感動的なお話ではなく、ちょっとしたコメディだ。ところどころで挿入されるABBAのヒットソング、特に序盤で起用された「Money, Money, Money」は鳥肌もの。ラストには代表曲である「Dancing Queen」を、観客総立ちで一緒になって歌って、踊る。拍手がいつまでも鳴り止まない…、会場の一体感が素晴らしい。

ニューヨーカーは毎晩こんなエンターテインメントを堪能できるのかと思うと、とても羨ましい。この次ニューヨークへ行ったら、ストンプ、オペラ座の怪人、ライオンキング、片っ端からミュージカルを観たいね。

 
posted by もときち at 15:01 | ABROAD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月26日

ニューヨークを歩く(写真篇)

それでは、前回に続きニューヨーク旅行(写真篇)です。今回の旅行で個人的ベスト3はリバティ島とエンパイア・ステート・ビルディング、それからセントラルパーク。それにしても…、タイムズスクエアやエンパイア・ステート・ビルディング、リバティ島は外国人観光客で溢れていましたねー。


ニューヨーク写真(01) ニューヨーク写真(02)
【リバティ島と自由の女神像】


ニューヨーク写真(03) ニューヨーク写真(04)
【ニューヨーク証券取引所とフェデラルホール】


ニューヨーク写真(05) ニューヨーク写真(06)
【WTC跡地とブルックリンブリッジ】


ニューヨーク写真(07) ニューヨーク写真(08)
【マディソン・スクエア・ガーデンとエンパイア・ステート】


ニューヨーク写真(09) ニューヨーク写真(10)
【グランド・セントラル・ターミナル】


ニューヨーク写真(11) ニューヨーク写真(12)
【ロックフェラー・センターとその周辺】


ニューヨーク写真(13) ニューヨーク写真(14)
【憩いの場 セントラルパーク】


ニューヨーク写真(15) ニューヨーク写真(16)
【メトロポリタン美術館(左)とアメリカ自然史博物館(右)】


ニューヨーク写真(17) ニューヨーク写真(18)
【昼と夜のタイムズ・スクエア】

 
そんなわけで無事帰国です。来月はロンドン再訪か、ロサンゼルス。あるいはラスベガス辺りに行こうと考えております。ロンドンは弟の家に宿泊できるから安上がりなんだよなー。
 
 
posted by もときち at 10:53 | ABROAD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2009年10月30日

グローバル化の条件

商品流通が資本の出発点である。商品生産と発達した商品流通である商業とが、資本の成立する歴史的前提をなす。世界商業と世界市場が、16世紀に近代的生活史をひらく。<資本論:マルクス、エンゲルス編>

 
グローバル化は現在に始まったことではなく、おそらく16世紀にヨーロッパとアメリカ、アジアを繋ぐ「大航海時代」に成立したものでしょう。しかし、現代のグローバル経済においては、もはやヨーロッパという地域で生産したものをアジアという別の地域で売るというのではなく、積極的に価値体系の差異を作りだしていかなければ、国際的競争には勝てなくなってしまうという構図があります。
 
たとえば、アメリカのIT先進企業は、その業務の大半をインドに委託しています。アメリカとインドでは時差がありますから、アメリカ側で退社時に依頼したデータ作成などの業務は、日中インド受託側で片付けられ、翌日アメリカ側が出社する頃には完成しています。
問題はそれだけでなく、労働賃金によるところも大きいでしょう。いつの時代も、企業はより安価な労働力を欲しています。同じ単純作業であれば、高い報酬を要求する国内の人間より、低賃金労働を厭わない外国人労働者のほうが雇う側である企業にとっても都合がいい。それが、アメリカにとってのインドでした。“価値体系の差異”は、このように意図的に作られていきます。
 
アメリカ、インド、もちろん日本も。各国の境目(国境)がなくなり、それぞれの国が密接にリンクしながら、同じ土俵で競争をしていかなくてはならない、それがグローバル化社会です。
グローバル化は日本にとっても必至で、遅かれ早かれ、日本企業はより安価な人件費を求めて海外へ流出していくし(ユニクロのように)現に流出しています。さらにこれから10年後においては、地方のどのような中小企業でさえ、海外との取引なしには生き残っていけないと言われています。地方の観光地においては、今や外国人観光客なしにはやっていけないような状況ですらあり、観光業務に携わる日本人には、それ相応の語学力が求められているのです。
グローバリゼーション。日本と諸外国の国境が消滅していくということは、我々日本人は英語を公用語として操っている諸外国人と競争しなくてはならないというです。先ほど例に挙げたインド人はもちろん、欧米からあらゆる業務委託の注文を受けている諸外国の人達は、例外なく英語のコミュニケーションができ、そのうえ人件費が安い。さて、英語が出来ないうえに、最低賃金をもっともっと上げろと喚いてばかりいる日本人と比べ、企業にとってどちらが“都合のよい”人材でしょうか。
 
ヨーロッパでも、香港でも、シンガポールでも、もちろんインドでも、英語は日常的に流通しています。というか、そもそも英語が出来ない人はそれらの国では就職できません。「これからの50年は中国の時代だ、だから英語よりも中国語が重要だ。だから中国語の勉強を先にするべきだ。」というのは大きな間違いで、世界共通語はこれからも「英語」であり続けるのであって、やはり個人にとってが「英語」が出来ることがグローバル化対応の最低条件と言えます。
IT・インターネットの普及により、電話線が一本あり、英語さえ出来れば、たとえ個人であっても世界を相手にビジネスが出来るようになりました。これから、日本人は否応なしに外国人との競争を強いられるようになるでしょう。英語が話せないというだけで、私たち日本人は始めから大きなハンディを背負っているのです。
 
 
posted by もときち at 09:17 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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