2012年03月01日

Facebook入門

なにげに『 Facebook 』が面白い。もう知らない人なんていないだろうけれど、一応説明しておくか。『Facebook』は、人同士の交流をサポートしてくれるコミュニティサイトのことで、いわゆる『SNS』というものだ。日本でも『mixi』やら『モバゲー』など、似たようなサービスはいくつかあるが、Facebookは実名を公開したうえで、交流することを原則としているので、日本発のSNSと比べると、よりリアル=現実生活に接近したサービスといえなくもない。
実名が公開されるわけだから、友人や同僚との交流に便利なことはもちろん、学生時代の同級生、以前勤めていた勤務先などの人とも再会できる。実際に、僕も中学・高校時代の同級生数名と再会できた…。
確かに「実名公開」というとプライバシーに関して不安を覚える人もいるだろうけれど、友人以外に自分のページを公開しないよう設定することもできるので、そのへんはどうとでもなるだろう。以下が、Facebookでできることの概要である。
 
 
・ 本名や学歴などから自分の友人を見つけて交流することができる。
・ ツイッター感覚で、気軽に自分の近況やつぶやきを投稿することができる。
・ 投稿した内容に対して、友人が 『 いいね!』とコメントをくれる。
・ 自分だけの写真&動画アルバムを作ることができる(友人に見せることもできる)
・ ブログのように長文(論文的なもの)もノート機能で投稿することができる。
・ メールやチャットなどで個人的なやりとりもできる。

 
こんなところかな。
極端にいうと、ツイッターやブログやWEBアルバムなど、最近流行の情報発信ツールの“いいとこどり”をしたサービスみたいなもんだ。ぶっちゃけ『Facebook』があれば、ツイッターやブログなんざ、お払い箱になるんじゃないか?とすら思える。
実は、僕自身は数年前にFacebookのアカウントだけは登録しておいたのだが、いまいち面白さがわからなくて、今までずっと放置していた。で、最近になって友人に勧められて再起動したわけだが、昔の同級生などとも再会できたりと、なんとなくだけど、面白さがわかってきた。

しかし、問題点もある。 僕自身は、いったい何を投稿していいかわからない。
たとえば、このブログみたいに、長文で哲学の記事やら経済の記事を投稿したところで、なにかうすら寒いような気がする。だから、僕はFacebookでそういった堅苦しい話をするのは控えている。堅苦しい輩は、Facebookの世界においては 『ウザイね!』なのだ。
多くのユーザーは、今日食べた料理、今日読んだ本、旅の思い出など、自分の近況を投稿していくのだけれど…、たぶんそれが適した使い方なんだと思う。他人が食べた料理に対して『それ、いいね!』とコメントするのは、本心だから。
ともあれ、とくに投稿する話題も持たぬ僕は、Facebookで外国人の友達とチャットばかりしている。これがなかなか英語の勉強になるのだが…、間違った使い方か?
 
 
posted by もときち at 14:12 | INTERNET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年09月12日

TPP参加 / 不参加

まあ僕のような遊牧民にとっては、ぶっちゃけどっちでもいいんだけど。
そもそもTPP参加・不参加が自由貿易or保護主義で語られていることがナンセンスである。自由貿易がそんなに大事というならTPPなどと言わずにWTOをたて直し、アジアだけでなく世界的に貿易の自由化を進めればいいのだけれど、それが一向に進まないから世界恐慌後のブロック経済みたいな方向に進んでしまっているのが現状だ。
民主党は確かマニフェストに『東アジア共同体』なるものを掲げていたけれど、これは決して間違いではない。現にアジアでは日中韓の経済関係は以前と比べて一層深まっているわけだが、アメリカが何としてもそこに食い込みたいという構図、それがTPPなわけだ。

某首相はTPPへの参加を『平成の開国』などと表現したけれど、日本はTPPなどに参加しなくても既にアジアとは深く結びついており、ある意味で開国している。ようするに今回のTPP騒動はほとんどアメリカ様のアジア戦略。アメリカはまず始めにTPPで日本を取り込み、その後にFTAAPと繋げてアジアを取り込もうというシナリオを描いているわけだ。
もちろんだからといってTPP絶対反対!ってわけでもない。やたらと図にのっている中国の覇権主義を牽制する意味でも、アメリカ様との関係は今後も重要だし尻尾を振っていかなければならないのだが、やはり一番懸念されるのは、今回のTPP騒動で中国と貿易戦争になってしまわないだろうか…ということである。

ちなみにTPPは日本語で『環太平洋戦略的経済連携協定』というらしい。もちろん、日本は環太平洋の一員であるけれど、中国・韓国・タイやらその他の環太平洋の一員の皆様が参加しないのになんで日本だけ参加する必要があるのだろう?アメリカは日本とアジアの関係を分断でもしたいのだろうか。日本がTPPに参加すれば、よくいわれている農業以上に、医療や保険、そして製造業などの分野に大打撃を与える。
現在、日本の最大輸出先国はアメリカではなく中国である。中国市場において日本はドイツと競っているわけだが、TPPで日本と中国の間にひびが入れば、結果どうなるかは大体予想がつくだろう。
…まあ好きにすればいいや。最近の国会中継を見てても 『2ちゃんねる』 の喧嘩と同じレベルにしか見えないし。なんだかもう終わってる、いろんな意味で。


posted by もときち at 02:37 | ECONOMY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年09月04日

今更だがバイオハザード5は…



…傑作だ!
いや、最近PS3でオンラインを始めたのだけれど、BIOHAZARD5のVERSUSモードが滅法面白いのだ。オンラインってPS3をインターネット接続したりで、手間がかかりそうだったから食わず嫌いをしていたのだけれど、これがやってみるとハマる。
BIOHAZARD5が、これほど奥の深いゲームだったとは…。普通にひとりでストーリーモードを進めていても、そこそこ面白かったし、少なくとも某FF13よりはよくできた作品だと評価していた。

 
しかし、それはBIOHAZARD5のほんの一面でしかなかったのだ。本商品が発売されてからおよそ1年後に『オルタナティブエディション』という本編に追加ストーリーを加えた新しいBIOHAZARD5が発売された。
そこにVERSUSというオンライン上での対人戦モードがついている。これは文字通りプレイヤー同士の銃撃戦である。標的はゾンビではなく、意思を持って予測不能な動きをする人間なのだ。そんなわけで、阿呆なゾンビと違って、こちらがハンドガンを撃ってもなかなか当たらない。
僕もVERSUSモードを始めた頃は、対戦相手にボコボコにされていた。本当に上手な人がたくさんいて、まるでこちらの動きを読んでいるかのように、ドンピシャリでロケットランチャーをぶち込んでくるのである。
チーム戦もあり、2対2で戦うのだけど僕は下手くそだからいつもパートナーの足を引っ張っていた。

オンラインだから対戦相手にメッセージを送ることもできる。僕は『あなた弱いですね。よくそんなレベルで挑んできましたねwww』 的なメッセージを何回かもらった。ネット上での煽り合いなら負ける気はしなかったが、実際に対戦では負けているのでぐうの音も出ない。負け犬の遠吠えになってしまう。
さらにひどいのはこのVERSUSモードはPSのボイスチャット機能に対応していることだ。別売りのヘッドセットをPSに繋げれば、オンライン上で会話をしながらゲームができる。だからVERSUSモードで対戦相手をボコボコにしている時、ゲラゲラ笑いながら乱射してくる気狂いもいる。その笑い声の腹立たしいことといったら!他にもひどくマナーの悪い関西人3人組に出くわして(4人同時プレーができるのだ)、もちろんその3人組は手を組んでいて、3対1という構図になり(勝てるわけがない)、ひどい罵倒を受け凌辱された。
 
 
…とまあ、そんなカオスな世界なのである。
 
そんなわけで1ヶ月くらいBIOHAZARD5にハマッて、ずっとVERSUSモードを練習していたので、少しずつだが僕も上手になってきた。10回やれば1回くらいは勝てるレベルである。外国人相手なら勝率は5割といったところか(外国人はあまり上手じゃない)
しかし、それにしてもこんなに奥の深いゲームだったとは。BIOHAZARD5恐るべし。BIOHAZARDシリーズは1から4以外にも、ガンシューティングものや外伝ものなど何本かリリースされているが、奥行きを考えるとこのBIOHAZARD5こそが最高傑作なのかもしれない。

 
posted by もときち at 21:40 | ENTERTAINMENT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年01月25日

ネットビジネスの現在

90年代後半にEコマース、すなわち電子商取引が生まれてきたとき『中間業者は死ぬだろう』ということが予見された。ようするにインターネットが各家庭に浸透することによって、生産者と消費者が直接売買をする直販のビジネスモデルが主流になっていくということである。
確かに、ネット革命が予見した通り、卸売りなどの古き中間業者は淘汰された。しかし、それと同時にインターネットは市場に『新しいタイプの中間業者』を生み出したのだ。
Eコマースによって、消費者である我々と生産者である出版社が直接取引するようなビジネスモデルは実現しなかった。新しいタイプの中間業者の代表格ともいえる『アマゾン』は、リアル書店では実現不可能なほどの在庫、さらには中古の書籍も揃え、他の読者が書いたレビューも参考にできる、まったく新しいカタチの購買代理ビジネスを実現させた。
市場には『アフィリエイター』と呼ばれる中間業者も大勢いる。
彼らは自分のウェブサイトで生産者(企業)の商品をとりあげ紹介する、これもまた新しいタイプの購買代理モデルであった。生産者(企業)が自社製品をアピールするのには限界がある。 TVコマーシャルや雑誌広告で宣伝しても、それはあくまで『生産者視点』の独りよがりのものにすぎないが、そこに第三者である『アフィリエイター』が介入すると事情は異なってくる。彼らは生産者とは何の関係もない、消費者の立場にたって商品をウェブサイトで紹介するわけだ。企業のゴリ押し広告よりも、第三者の評価のほうが他の消費者にとっては信頼できる情報であるだろう。
そして、これら購買代理のビジネスモデルが行く着く先は、いわゆる『ポータル化』という現象である。
アマゾンを見れば分かる通り、かのサイトは書籍以外にもゲームや音楽、家電製品や食品まで、ありとあらゆる商品を販売する『ポータルサイト』へと進化していった。
 
 
インターネットはビジネスモデルだけでなく、そこに関わる人々の価値までも変えようとしている。
インターネットがない頃は、たくさんの本を読み、様々な分野の専門知識を知っている、いわゆる『知識人』と呼ばれる人達は、企業のみならずあらゆる業界において重宝されたものだ。しかし、現在においてはその程度の知識はインターネットを使えば、誰でも容易に手に入れることが出来てしまう。
ネット社会では『知識』の価値が急速に失われていくのである。ひとたび市場に知識が出まわれば、それは簡単にコピーされ、コピーされた知識はその経済的価値を失ってしまう。知識に関していえば、本物と複製品のあいだには何の違いもないからである。大量の本を読み、苦労して身につけた知識もすぐに陳腐化してしまうだろう。
ようするに、これからの資本主義社会においては知識労働者、すなわちプログラマーやシステムエンジニアといった『専門的な知識』を武器とする職種の立場が危うくなっていくのである。そして、これからの企業に必要とされる人材は『専門的な知識』を持った人ではなく、言葉では言い表せないような『能力』を持った人たち。彼らは一般的に『クリエイター』あるいは『アーティスト』などと呼ばれ、知識では補うことのできない『モノを創造する能力』を持った人材である。
たとえば、ひとりの社員が開発した技術については、企業はその『特許』を法律的に所有することはできるが、その社員が転職してしまえば、彼が頭の中に所有している『アイデア』や『創造性』といった財産を手放すことになってしまう。企業は知識を所有できても創造力は所有できないということだ。
お金で買える『知識』よりも、お金では買えない個人の『アイデア』や『創造力』のほうが、はるかに高い価値を持つようになる。それが、これからのネット社会の宿命である。そして、彼らのような能力をもった個人は、企業に従属することなく、自ら企業を興す道を選ぶだろう。 
 
posted by もときち at 16:15 | INTERNET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 

2011年01月15日

仕事をサボる社員

仕事中にネットサーフィンをして遊ぶと、集中力が高まり、生産性が向上するという調査結果があるらしい。「企業は生産性が低下するからと言って、社員がYouTubeやFacebookを見たり、オンラインショッピングをするのを防ぐためのソフトに多額の費用を投じている。だが、常に生産性が低下するとは限らない」と、メルボルン大学のブレント・コーカー博士は指摘している。
ネットサーフィンというのは、たとえば『村上春樹の新作が出るらしい』と調べて、そのホームページに『村上春樹は厚揚げが好きらしい』と書かれていて、そんな情報どこから出てきたんだろう…と 『村上春樹、厚揚げ』で検索して、また別のサイトへ移動して…と、次から次へとサイトを移動して時間を過ごしてしまう行為のことである。

このような行為を防止するため、企業はWebブラウザをロックするセキュリティソフトを導入したり、あるいは社員に 『この会社では君達がパソコンでどんなサイトを閲覧したか、すべての情報がサーバーに記録されるから、如何わしいサイトなど閲覧しないように。』 と、釘をさしておく。
仕事をサボるのは事務職や開発職だけではない。上司の目の届かない外回りの仕事=営業職も同様だ。むしろ、営業職で仕事をサボったことのない人を探すほうが困難ではないか。客先にいって商談を成立させて、ちょっと疲れたからそこらの喫茶店で一息入れようというのは、そんなに悪いことには思えないし、というかその程度ならサボるうちに入らないと思うのだけれど、さすがに仕事中にゲーセンへ行ったりカラオケへ行ったりするのは問題だと思う。
で、最近はGPS搭載の携帯電話が普及してきたため、営業職にそれを持たせて 『この会社では君達が今現在どこにいるか、すべてお見通しだから、外出中に妙な場所へ出入りしたりしないように。』 と、ザミャーチンやオーウェルばりの監視社会を構築している企業まである。
どうやらインターネットのアクセス監視だけでなく、監視カメラ、ディスプレイモニタなど、ありとあらゆるシステムを駆使して、社員の働きぶりをすべて把握するつもりらしい。


しかしながら、生産性をあげたいから社員の監視を強めるというのは逆効果である。
そもそも、人間というのは仕事をサボる生き物だ。パソコン(ネットサーフィン)でサボることが出来なくなった社員は、監視カメラの映らない給湯室でおしゃべりを始めたり、あるいはパソコンにむかったまま、なんとなく「ボケーッ」として時間を過ごしてしまうし、 GPSを搭載された営業職は、さしあたりない場所で一服したりと、彼らは必ず何らかの抜け道を見つける。
そして、そのうち社員は 『いかに自分が仕事をしているか』をアピールするために、監視カメラに映る自分を意識するようになるだろう。ようするに、仕事そのものよりも 『仕事をしている自分を演じること』 のほうが重要になってしまうのだ。なにより、監視される社員は仕事に対するモチベーションも下がり、人間性が失われていってしまう。
企業は何のために社員を監視するのか?もちろんそれは「利益」をだすためだろう。ともすれば、その監視行為が本当に会社に利益をもたらすのかを冷静に考えなければ、監視システムは経営者の自己顕示欲の象徴にして終わる。

生産性が高い人というのは、サボる時はとことんサボるけれど、仕事をしているときの集中力はものすごいものだ。たとえば、彼がひとたびプログラム開発などを始めると、他の事には一切目もくれずプログラミングに没頭し、食事をするのも面倒になり、気がついたら夜中の12時だった…というくらいすごい。
 
posted by もときち at 14:49 | BUSINESS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする 
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